我が漂流記

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iPad再生計画

 思えば僕がiPadを買ってから既に4年以上が経っていた。買った当初は物珍しさもあって、いつも鞄に入れて持ち歩いていたものの、そのうちに、持ち歩くこともなくなり、代わりに薄型のノートパソコンを買ってからは、めったに外へ持っていくことはなくなった。毎日使っているiphoneでは片手で簡単に文字入力できるようにはなっても、iPadは文字を入力するには大きすぎてiPhoneのように使いこなすには程遠かったのである。僕にとってiPadの難点は、キーボードがないことだった。インターネットの検索だけでなく、文章を書くには、画面上に現れるキービードでは物足りなかったのである。それで、iPad用にサードパーティ製のBluetooth接続のキーボードを買ったりしたのだが、iPad以上に嵩張るもので、結局、iPad自体を持ち歩くのを止めてしまったのである。

 しかし、最近、Amazonのセールで見つけたBluetooth接続のキーボードは僕の持っている4年落ちのiPad(第3世代)にもぴったりのサイズで、おまけに使わない時はiPadカバーとして使えるというものだった。価格もリーズナブルである。新たにノートパソコンを買ったり、iPad miniを買うよりも圧倒的に安いのである。僕は迷わず注文した。

届いたキーボードをiPadに装着してみると、まるで純正品のようにぴったりだった。

 こうして僕のiPadは新たなキーボードという伴侶を得て、5年目にしてようやく僕のお気に入りの相棒として再生したのである。

 

| 道具 | 15:37 | - | - |
マルティン・チャンビ写真展でガラス乾板を見直した
 広尾のペルー大使館にマルティン・チャンビ写真展を観に行った。会場で貰ったパンフレットを読むと、マルティン・チャンビは1891年生まれのペルーの写真家で約100年前にクスコで写真スタジオを開設して多くの写真を残したとのことだった。展示されている写真を見ていると、90年以上前に撮られたとは思えない程、シャープで立体感があり、圧倒された。また、スタジオで撮影された住民の男性のポートレートは着ている服の擦り切れた感じがとても立体感があって肌触りまでわかりそうな質感が感じられるのである。その写真の下の端の方を見ると、黒く歪に欠けているところがあった。それを見て「これはガラスのネガが欠けてしまったのだな」と思った。僕も数年前にインターネットでドイツのショップから撮影用にガラス乾板を輸入して使ったことがあるのだが、気をつけないといつの間にか端の方が欠けてしまったことがあったのである。その時も、人物を撮影したガラス乾板のネガを現像してみたら、洋服の皺がとても立体感のある感じになったので驚いたのだった。フィルムの登場する前にこんなに素晴らしいシステムがあったのかと思ったものである。輸入したガラス乾板はAGFAブランドで赤い箱に10枚入っていた。何十年ぶりかで復刻したもので、6.5cmx9cmの古い乾板用のカメラに専用のフォルダーに入れてそのまま使えるものだったので、田村写真の田村さんに譲ってもらった古いフォクトレンダーの蛇腹のカメラで撮ってみたのだった。それでも、10枚セットで1万数千円したので、写真展に参加するために撮ったきり、そのまま撮ることはなかったのである。しかし、今回のマルティン・チャンビの写真を見ている内にガラス乾板の魅力にすっかり取り憑かれてしまった。展示されている写真の中に密着プリントと思われる写真があったが、6.5cmx9cmよりも遥かに大きいサイズで、4x5よりも細長いフォーマットだった。写真を見るといくつかのフォーマットで撮っていると思われるが、いずれも大判のカメラだと思われる。写真の一つにクスコの遺跡を眺めるマルティン・チャンビのセルフポートレートがあった。そのチャンビの足下の辺りを見ると、AGFAという白い文字が裏返しに刻印されていた。

マルティン・チャンビ写真展

http://martinchambi.org/en/

iPhoneImage.png
 
| 写真 | 18:29 | - | - |
映画「ウィンターズ・ボーン」を観てリアルなアメリカを知る
JUGEMテーマ:映画

Netflixで映画「ウインターズ・ボーン」を観た。
アメリカの山地に住むヒルビリーと呼ばれる人たちの物語。
主人公はジェニファー・ローレンス演じる17歳の少女なのだが、覚醒剤を製造の罪で仮釈放中の父が失踪したことで保釈金の担保にされている自宅が取り上げられると保安官に告げられ、父親を捜しはじめる。映画を見ているうちに主人公に降りかかる厳しい現実に警察さえも頼れない中で、単純な解決策などあるはずもなく、観客はただ主人公の行動を見守るしかないのである。フィクションとは思えないほどリアルな展開に思わず息を飲んだ。
映画を見る前に映画評論家の町山智浩氏の解説を聞いたのだが、今まで知らなかったアメリカの側面を見た思いがした。
こうしたファンタジーではないリアルなアメリカ映画も良いと思った。

町山智浩が映画「ウィンターズ・ボーン」を語る
https://youtu.be/dtbUtU-vSiw

町山智浩の映画塾!「ウィンターズ・ボーン」【予習編】
https://youtu.be/lC1lZmRQ7LI

町山智浩の映画塾!「ウィンターズ・ボーン」【復習編】
https://youtu.be/blBd3oNwBgY

 
| 映画 | 17:51 | - | - |
映画「さざなみ」と「YASHICA」の謎
JUGEMテーマ:カメラ

  先日、ゴールデンウイーク中に映画「さざなみ」を観に行った。結婚して45年を迎えるイギリスの田舎に暮らす老夫婦の物語である。夫が結婚前に交際していて、一緒に登山中に事故で亡くなった恋人の女性の遺体がスイスの山中で発見されたという知らせが届いたことで平穏だった夫婦の関係がぎくしゃくしていく。映画自体、静かな中にも緊張感が漂っていてとても見応えがあったのだが、夫婦の間で写真についての会話があって、妻が結婚してからの写真が少ないことを嘆いて、もっと写真を撮っておけばよかったという話をするのだが、その会話の中で、夫が「確か古い日本製のカメラがあったはずだ」と言う場面があった。字幕は確か、「古い日本製のカメラ」と表記されていたと思うのだが、その声が僕の耳には確かに「YASHICA」と聞こえたのである。それで、映画の本筋とは関係ないのだが、その後、ヤシカのどんなカメラなんだろう?と気になって映画を見ていたのだが、ついに最後までカメラが出てくることはなかった。途中で、夫が屋根裏部屋にしまっていた亡くなった恋人を写した写真のスライドを妻が見つけて見る場面があるのだが、カラーのスライド写真だった。映画を観終わって、とてもざわざわした気持ちになった。淡々とした日常の映像だけで描かれているにも関わらず、主人公である妻のかき乱されるような不安な気持ちが伝わってきて凄い映画だと思った。
 後で画面には出てこなかったカメラについて思いを巡らせた。夫婦が結婚する45年以上前である1970年前後のヤシカの35mmフィルムのカメラというとヤシカエレクトロシリーズが思い浮かんだ。家にも一台あったが当時かなり売れたカメラだったようだし、可能性は十分にあるだろうと思った。もちろん、映画はフィクションだし、実際にカメラは存在しないのだろうけど、セリフにニコンやキャノンではなくヤシカと書いているところに妙にリアリティを感じたのであった。


映画「さざなみ」公式サイト
http://sazanami.ayapro.ne.jp/
| 映画 | 11:38 | - | - |
内藤さゆり写真展「Once in a Blue Moon」
JUGEMテーマ:写真

先日、久しぶりに四谷三丁目で電車を降りた。

写真家の内藤さゆりさんの写真展『Once in a Blue Moon』を観に行くためである。初めて行くギャラリーだったので、スマホの地図アプリを見ながら歩いていたら、中古カメラ店、アローカメラの入口の前に出たので、思わず吸い込まれそうになったが、我慢して、道に迷いながらも、なんとか無事にギャラリーに辿り着いたのである。展示されていたのは、以前、品川のCanonギャラリーSで展示されていたロンドンのシリーズ。

それらの誰も写っていない都市の風景を初めて観た時、核戦争後の未来をイメージしたことを思い出した。

僕はロンドンに行ったことはないけれど、この街で、明治の文豪、夏目漱石も留学中に神経衰弱に罹ったことを思い出し、きっと陰鬱な所なのだろうと思った。

今回の写真展では、Canonの時とは違い、作品のサイズを小さくプリントして額装していた。そして、去年、発売したという写真展と同名の写真集『Once in a Blue Moon』も置いてあった。この写真集が良かった。京都の印刷所で印刷したという大判のハードカバーの写真集で、108ページのボリュームである。在廊していた内藤さんが、カバーを外して背にタイトルの文字が箔押ししてあるのがこだわりだと言った。

内藤さんがこのシリーズの撮影のためにロンドンに滞在したのは僅か二週間。それで、写真展を開き、写真集を作ってしまったことを考えると、すごく効率的だなと思った。

あらためて、内藤さんにそう言うと、「カメラマンの仕事だとそういうことは当たり前だから」と言った。

内藤さんがこのシリーズを撮影したのは、ライカのM240という高額なデジタルカメラとライツのレンズの組み合わせだそうだが、解像度の高さよりも、レンズの収差の目立つ写真を見ていると、いつの時代の写真かわからなくなってきた。

因みに、内藤さんが約10年前に新宿のコニカミノルタギャラリーで展示した「多摩川日和」のシリーズは安価なトイカメラのホルガで撮られたものだったが、そのイメージの本質は今も変わってはいない気がした。

内藤さんには、出来れば、誰もいなくなった日本の地方を撮って頂きたいと思ったのであった。


内藤さゆり写真展「Once in a Blue Moon」
http://queuegallery.com/top.html


SAYURI NAITO PHOTOGRAPHS
http://sayuri7110.petit.cc
| 写真 | 00:55 | - | - |
長谷川冬樹写真展「ε0(イプシロンゼロ)」
JUGEMテーマ:写真


銀座ニコンサロンで開催中の長谷川冬樹写真展「ε 0(イプシロンゼロ)」を観に行った。
写真はモノクロの街のスナップである。作品の中に写り込みを活かした造形が幾つかあって、観ていて思わず頬が緩んだ。
作者の長谷川さんとは写真家の渡部さとるさんのワークショップを通じて数年前に知り合ったのだが、その頃はカメラやレンズの話をした記憶しか残っていない。しかし、その後、写真家の白岡順さんが主宰していた講評講座を見学しに行った際、長谷川さんの発表の番になると、参加していた人たちが、彼の写真に対して忌憚のない意見を次々に述べるのを目の当たりにして、僕は、すっかり自信をなくしてしまい、受講するのを諦めてしまったのだった。その時、白岡さんが「それでも、この写真はいいと思うよ」とフォローされていたのが印象に残っている。そんな時でも、長谷川さんは穏やかな笑顔を浮かべながら、参加者の批評を全て受け止め、プレゼンを続けていたのである。
あれから数年が過ぎたが、長谷川さんは、その間、写真を撮り続け、ニコンサロンにずっと作品を応募し続けていたそうだ。
眼の前に展示されている写真は僕があの時観た写真とは全く印象が異なっていた。
長谷川さんによると、今から1年前、白岡さんに写真を見せた時、白岡さんは「どうして、この写真が通らないのかね」と言っていたそうである。
長谷川さんは、大手電機メーカーで半導体の開発に携わったエンジニアだったそうである。しかし、40台後半に差し掛かった頃、そのキャリアを捨てて写真家として第二の人生を歩み始めた。欧米ではそういう人がいるとは聞いたことがあるけれど、なかなか勇気のいることだったのではないだろうか。
一緒に展示を観ていた友人が、突然、「え?これデジタルなの?!」と声を上げた。すっかり、銀塩プリントだと思って見ていたらしい。長谷川さんに使用した機材がソニーのデジタルカメラのα7にM型ライカ用のズミクロン50mmF2やエルマリート28mmF2.8の組み合わせで撮ったデータをハンネミューレのバライタ紙にプリントしたと聞いて驚いていた。(機材の件で後で確認したところ、一部、ニコンのD800で撮影した写真もあるそうだ。)確かに知らなければ、銀塩プリントだと思ったかもしれない。
長谷川さんに先日、亡くなった白岡さんはこの写真を観たのですか?と聞いたら、何割か見てもらった作品は入っているけれど、見せられなかった写真もかなりあるとのことだった。
ただ、去年の暮れ、長谷川さんが市ヶ谷のカロタイプに荷物の整理に行った際、久しぶりに会った白岡さんは、長谷川さんの銀座ニコンサロンでの展示が決まったことを大変喜んでくれたそうだ。
その話を聞いた僕は、何よりも写真のことが好きな白岡さんのことだから、会期中、きっと、この場にやって来て、長谷川さんの写真を満足そうに観ているに違いないと思ったのであった。

長谷川冬樹写真展「ε0(イプシロンゼロ)」

 
| 写真 | 21:43 | - | - |
「サウルの息子」でホロコーストの恐怖を疑似体験する
今日はファーストデーなので、地元の映画館へ映画を観に行った。
映画のタイトルは「サウルの息子」である。
第二次大戦中の強制収容所を舞台に仲間の死体処理を任されたユダヤ人の男の視点で描かれる物語である。
それだけ聞くと、とても重苦しくて、最後まで観ることが出来るのか?と思ってしまうのだが、見始めたら、どんどん引き込まれていった。説明的なナレーションもなく、必要最低限のセリフと主人公の顔のすぐ側に密着するカメラと周囲の音声が否が応でも臨場感を高めて行く。まるで自分が虐殺の現場にいて、今にも殺されるかもしれないと思ってしまうほどである。
スクリーンは昔の映画のスタンダードサイズだったが、その臨場感は最新の3Dの映画以上にも感じられた。
帰りに自転車に乗ろうとしたら、後輪がパンクしていた。乗る前に空気を入れたばかりだった。
僕は、乗れる所まで行こうと漕ぎ始めた。乗り心地は悪かったが、なんとか帰宅することができた。ネットでパンク修理のセットと携帯用の空気入れを注文した。
映画「サウルの息子」のどんなに酷い状況でも目的を持って生きようとする主人公の生き様は決して他人事には思えなかった。
僕自身もこの先、どうなるかはわからないが、目の前のことに集中して生きて行こうと思ったのである。

映画「サウルの息子」公式HP

www.finefilms.co.jp/saul/



 
| 映画 | 21:46 | - | - |
写真家の白岡順さんが亡くなった
JUGEMテーマ:写真
白岡さんの顔
写真家の白岡順さんが亡くなった。
肝臓ガンだったそうだ。
去年、友人の写真展のパーティーでお会いしたのが最後になってしまった。
体調が思わしくないとは聞いていたけれど、去年の10月に市ヶ谷にある貸暗室のカロタイプを離れて、引退したと聞いていたので、余りにも突然で驚いた。しかし、今思えば、最後にお会いした時も、「もう先がない」と仰っていたので、ご本人は自らの死を予見していたのかも知れない。
何も知らない僕は、これから白岡さんが新しく建てた家でゆったりと余生を過ごされるものだとばかり思っていたのである。
 それ以前に白岡さんにお会いしたのは、約2年前、市ヶ谷のカロタイプでだった。雑居ビルの一室に白岡さんが設計した使いやすい暗室とワークショップのスペースに僕は久しぶりに顔を出した。当時、失業中だった僕は住んでいた渋谷区から市ヶ谷まで歩いて行った。白岡さんは久しぶりに顔を出した僕を笑顔で迎えてくれた。話題は写真のことよりも健康面の話をしたことを憶えている。
その頃、痛風の発作に頻繁に襲われて、好きだったビールを一切飲むのをやめたと仰っていた。僕は、痛風の発作を何度も経験したので、「あの痛みはなった人にしかわかりませんよね」などと話したのだった。今、思えば、その頃、すでに肝臓ガンは進行していて、その影響が痛風の発作に現れていたのかも知れない。
 更にその数年前、僕はカロタイプの門を叩き、短期間だったが、白岡さんのワークショップを受けたことがある。友人が暗室の初級、中級コースを受講していて、とても面白いと言うので見学に行ったところ、白岡さんの教える真剣な姿を見て、思わず次回のワークショップに参加する旨をその場で伝えたのだった。
 ワークショップで習った内容はほとんど忘れてしまったが、白岡さんの写真に対する情熱は誰よりも強かったことを憶えている。例えば、暗室でフィルターや露光時間を変えて、自分で選んだフィルムのコマを何度もプリントするのだが、そのプリントを見せる度に白岡さんは「これで良いんですか?」と言うのである。僕は「もう少し焼いてみます」と言って暗室に戻り、同じコマをプリントをして持っていくと、また白岡さんが見てくれるのだが、一度も良い加減に見るということがなかった
写真を見た白岡さんが「これで良いんですか?」と聞くと「もう少し焼いてみます」と僕は答えて暗室に戻ってプリントをするのをしばらく繰り返した。
 そうこうしているうちに、ワークショップの終了予定時間はとっくに過ぎてしまい、そろそろ終電も終わる時間になっていた。
僕は暗室で集中してプリントしたせいで、高揚感と疲労感が一緒に押し寄せてきて、まだまだプリントしたい半面、体力的にしんどくなっていた。
今夜はこれが最後と思って、白岡さんにプリントを見せると、いろいろとアドバイスをしてくれた後で、最後に「これで良いんですか?」と言ったのである。僕は思わず、「これで良いいと思います」と言って帰ったのだが、あの調子で毎回、終電近くまで、受講生に付き合って写真を見ていた白岡さんの情熱は一体、どこから出てくるのだろうか?と不思議に思ったものである。そんな白岡さんの教えるワークショップに通った教え子の中からはここ数年で何人も作家として活動する写真家が巣立っていった。
僕は、写真の技術を教えることは出来ても、作家として誰かを育てることは難しいと思っている。
もし、白岡さんの教え子の中から、写真家が多く出ている理由を挙げるとすれば、きっと、あの写真への情熱が白岡さんから直接、伝わったからではないだろうか。
白岡さんが亡くなった今、僕の人生に対して「これで良いんですか?」と白岡さんに言われている気がしてならないのである。
カメラを構える白岡さん
 
| 人生 | 13:50 | - | - |
嫌われる勇気
評価:
岸見 一郎,古賀 史健
ダイヤモンド社
¥ 1,620
(2013-12-13)
コメント:アドラーの心理学を青年と哲学者のやりとりを通じてわかりやすく説いた本だが、心に響く本だった。今の自分には読む必要があったのだろう。どんな状況であろうとも、「いま、ここ」を生きることが重要なのだと実感した。

JUGEMテーマ:読書
 ETV で放送している100分de名著という番組で心理学者のアドラーを取り上げていたのを見て、番組に出演していた岸見一郎さんの著書「嫌われる勇気」を読んだ。アドラーの心理学を青年と哲学者のやりとりを通じてわかりやすく説いた本だが、心に響く本だった。今の自分には読む必要があったのだろう。どんな状況であろうとも、「いま、ここ」を生きることが重要なのだと実感した。
 
| | 12:50 | - | - |
金塊を捨てる場所

歩いていると、時々、不思議な物を目にすることがある。今日は図書館まで歩こうと決めたのだが、ふだん歩かないコースなので、新鮮だった。結局、片道1時間程で着いたのだが、帰り道、変わった看板を見つけたので、写真を撮った。
いつかここで、金塊が捨ててある光景を想像して愉快になったのである。
| 発見 | 22:34 | - | - |
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