





先日、中学時代の友人T君と市原方面にドライブに行った際、昼食をどうするかという話になった。しかし、その辺りには気の利いた店などないので、コンビニで弁当を買って車の中で食べることにした。ようやくみつけたコンビニで弁当を買って、助手席で買ってきた弁当を広げて食べ始めた僕は運転席のT君に「何の弁当にしたの?」と聞いた。T君は「俺は弁当持ってきたから」と鞄の中から徐にハンカチに包まれた弁当箱を取り出したのである。「え?自分で作ったの?」と聞くと、T君は「いや、作ってもらったんだ。いつも昼は弁当作ってもらうんだよ」と嬉しそうに言った。
確か彼は数年前に父親を癌で亡くし、母親と二人暮らしのはずである。「へえ、そうなんだ。いいねぇ」とおいしそうに弁当を食べる彼の顔を見ながら僕は言った。普段、どちらかと言うと感情を抑えている彼がその時、とても嬉しそうに弁当を食べていたのが印象的だった。
ドライブから帰って、母親と話をしていた時、僕はT君が嬉しそうに弁当を食べていた理由が突然わかったきがした。それは、中学時代、何かの都合で給食が休みになった際、それぞれ弁当を持参して食べる機会が何度かあったのだが、T君はいつも一人だけ、弁当を持ってこなかった。みんなは、それに気づくと、「あげるよ」と少しづつおかずやおにぎりを分けてあげたものだった。T君はそれを申し訳なさそうにもらって食べていた。ある時、僕は不思議に思って、「どうして、いつも弁当を持ってこないの?」とT君に聞いたことがあった。T君は「俺の母親は本当の母親じゃないんだ」と寂しそうに言った。聞けば、T君を産んだ母親は物心つく前に亡くなって、今の母親は父親の後妻としてやってきたというのである。
そうした事情から弁当を作ってもらったり、甘えたりすることはできないというのである。それを聞いて僕は、「弁当も作ってもらえないのか…」ととても複雑な気持ちになったのだが、今思えば、T君は給食がないことがわかっても、母親に素直に弁当を作って欲しいと言えなかったのかもしれない。それが、今、40年近く経って母親に作ってもらった弁当を食べているT君の嬉しそうな顔を思い出していたら、急に目頭が熱くなったのである。
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映画『沈黙ーサイレンスー』を観た。登場人物や時代背景など、自分とはかけ離れた遠い昔の話だと思って見ていたら、すごく身近に感じる話で驚いた。
特に長崎の奉行や役人、通訳の日本人の話している内容が、現代の日本の警察や検察といった役人のセリフに聞こえてくるのである。マーティン・スコセッシ監督が28年間も温めて映画化した価値がわかるのと同時に、監督に日本人の本質を見透かされているような気がしたのである。僕は遠藤周作の原作を読まずに映画を見たので、まるで自分が体験したことのように感じたのかもしれない。主人公の生き方を通して、日本で生きていくということを考えさせられた映画だった。戦前の日本に回帰させようという流れの中で、もっと古い時代から日本で行われてきた支配の構造を垣間見た思いである。この映画を見て、政府が共謀罪を導入しようとする今、思想や信仰の自由というものが実は当たり前のことではないということを実感したのである。原作も読んでみよう。