心理 | 我が漂流記

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焦りは禁物

JUGEMテーマ:健康
  焦ってしまうと普段できることもできなくなってしまう。そんなことはわかっているはずなのに、焦っていると、どうしても周りが見えなくなってしまう。
 そんな時、仕事をしたら、気持ちが落ちついて、起きている状況がすっと把握できた。
「なんだ、そういうことか」
わかってみれば、当たり前のことだった。人生、そういうことが良くあるような気がする。いずれにしても、焦りは禁物。特に、あわただしい仕事をしているなら、なおさらだ。
 トラブルの原因は使っていたパソコンの不具合と設定の問題だった。別のパソコンでちゃんと設定したら、普通に映像を取り込めた。あとは、編集するだけだ。これが、一番手間がかかるのだけど、原因不明で作業が進まないのが一番困る。時間は残り少ないが、僕はやれることをやるだけだ。

渡部さとる写真展「da.gashita 2009」開催中

■会期:2009年7月2日(木)〜31日(金)
        11:00〜19:00(最終日は14:00)
    日曜・月曜・祝日 休館 
    
■会場:ギャラリー冬青
        東京都中野区中央5-18-20
        TEL: 03-3380-7123 FAX: 03-3380-7121
        E-mail: gallery@tosei-sha.jp 

そして、

渡部さとる×タカザワケンジ トークショー開催まで
あと6日

■渡部さとる×タカザワケンジ トークショー
 1)7月10日(金)19:00〜21:00(受付開始18:30) 
 2)7月17日(金)19:00〜21:00(受付開始18:30)
 
参加費¥1000 定員40名様(申し込み順)
ご予約はギャラリー冬青まで
 e-mail:gallery@tosei-sha.jp TEL:03-3380-7123







| 心理 | 09:39 | comments(2) | - |
焦燥感
JUGEMテーマ:日記・一般

 最近、痛風の発作が出たり、血圧が高くなったりで、あまり体調は優れないのだが、精神的にも焦燥感のようなものがあって、あまり落ち着いた気持ちになれないことが多い。気持ちが落ち着かないと、物事を順序良く進めることができないから、やるべき事が山積し、さらに、焦燥感が募って悪循環に陥ってしまう。
 僕は、元々要領の良い方ではないから、そういうことになるのだろうが、一方で、自分ではどうにもできないことばかりを思い悩んでいたことに気がついた。自分がリラックスできるようにすることを疎かにしていたような気がする。もちろん、やらなければいけないことは沢山ある。しかし、焦燥感にばかり支配されていれば、結局、何もできないまま自分を追いつめてしまうだけである。先ずは、深呼吸をして、冷静になってから物事にとりかかることにしようと思う。
 
| 心理 | 22:44 | comments(4) | - |
高圧キケン
高圧危険
 人生、良い時もあれば悪い時もある。そう思いながらも、自分が不幸にみまわれると、動揺し、どうしてよいのかわからず、途方に暮れてしまう。近所で「高圧キケン」と書かれた看板を見て、今の自分の心理状態と同じだと思った。
 しかし、ひとり夜風にあたって、頭を冷やして考えれば、今の自分の境遇も必然であって、いつかこうなることも予測できたのではないかと思えてくる。すると、不思議と落ち着きを取り戻すことができた。不安に駆られて右往左往している時よりも、現実を受け入れてため息をつき、深呼吸をしてみると不思議と明日への希望が湧いてくる。そうだ、人生、良い時もあれば悪い時もある。今が悪い時ならば、きっとこれこら良い時も訪れるはずだ…そう自分に言い聞かせるのだった。
| 心理 | 21:52 | comments(4) | - |
悪意
 人の悪意を感じた時、「世の中にはなんて嫌な奴がいるものか」と思う。しかし、悪意を持つ人は、世の中には必ずいるもので、いつの時代でも決していなくなることはない。最近は、人の悪意を感じた時、一体、どういうわけでその人はそういうことをするのかと考えるようになった。一種のプロファイリングのようなものである。その人物像を探ることで動機や対処方をみつけることができる。悪意も度を超せば、犯罪である。厄介なのは、それを本人が意識していないことにある。自分が悪意を抱いて人を陥れることを何とも思わない。むしろ、楽しんでいるところがある。人間にはそういう暗いところがあるのだ。こういう事は学校では教えてくれないし、試験にも出てこない。だから、勉強のできる、いわゆるエリートと呼ばれる人たちの中にもそういう人はいる。むしろ、こういう人たちが一端、悪意を抱くと始末が悪い。自分が疑われないように自分よりも弱い人間を苛める。苛められている人が苦しんでいるのを見て楽しんでいる。そういう事は子供のやることだと思っていたら、そういう大人がどこにでもいることを僕は社会に出て嫌という程知った。僕は、悪意というものは、勉強ができるできないに関係ないし、貧富や社会的な地位にも関係なく、心の未熟さの問題なのではないかと思う。特に自分は安全なところにいて、弱者を苛めて喜んでいる人間は、自らの哀れな自分自身の姿を見ることをお薦めしたい。
| 心理 | 23:59 | - | - |
周りが見えない
周りが見えない
 周りが見えないと不安になる。今、自分は何処にいて何処へ向かっているのだろうか。時々、自分が歩いている道が正しいのかわからなくなる。だからと言って来た道を引き返すことができないのが人生である。とにかく、未来を信じて前へ歩いて行くしかない。たとえ、それが長く厳しい道のりであったとしても。
| 心理 | 23:59 | comments(2) | - |
敵機襲来!
飛行船
 江古田の街を歩いていると音もなく空を飛んでいる飛行船に遭遇した。
飛行船2
僕はその飛行船を見上げるうちに、頭の中で二つの思いが交錯した。一つは飛行船がその大きさに似合わず動いている時、ほとんど音がしないということへの違和感。もう一つは、何かのトラブルが起きて、落ちてくるんじゃないかという不安感である。その二つの感情のせいでじっと飛行船を凝視してその動きを見守った。といっても、飛行船に対して最初からそういう思いに駆られていたわけではない。初めて飛行船を目撃した時は、嬉しくて目を瞠ったものである。そして、一体、何処へ行くのだろう?とか、僕も乗ってみたいなとか思ったものである。それが、割と頻繁に飛行船を見かけるようになってくると、いつのまにかそういう感動とは違った違和感や不安感といったマイナスの感情が出てきててしまったらしい。常識で考えれば、静かな方が住民にとっても良いわけだし、大きい方が宣伝効果もあるというものだけど、なぜか飛んでいる飛行船を見ると違和感を感じてしまうのだ。空を使って宣伝するものという意味で似たものとして、アドバルーンがある。
昔は、このアドバルーンがデパートの屋上からいくつも空に揺れていたものである。子供の頃、遠くからその空に浮かぶ物体を発見するとなぜか心が躍ったものである。以前より少なくはなったが、今でも故郷の千葉に帰った時などに発見すると心が和む。一体この違いは何だろうと考えてみる。写真をしばらく見ているうちにひとつの考えが浮かんだ。そうだ、この形だ。何だかミサイルのような兵器のようにも見えなくもない。アドバルーンのような丸みとか派手さはなく、色も地味である。ああいうものがゆらゆらと空を飛んでいるのを見ると、突然、空から毒物や爆弾を落とされたらひとたまりもないなどと連想してしまうのだ。こういう不安を解消するには実は実際に飛行船に乗ってみるのが良いのではないかと思ったりする。ただ、僕自身が高所恐怖症なのと、風の影響で「船酔い」するのではないかという新たな心配の種が出て来てしまった。何れにしても、僕は当面、飛行船に乗ることはないだろうと思うのであった。

漂流者の個展開催まで、あと99日!

漂流者写真展(仮題)

開催期間 2007年9月25日(火)〜30日(日) 
     11:00〜19:00(最終日は17:00まで)
場所   ギャラリー・ルデコ(6階)TEL 03-5485-5188
http://home.att.ne.jp/gamma/ledeco/
〒150-0002 東京都渋谷区渋谷3−16−3ルデコビル 
| 心理 | 23:58 | comments(9) | - |
前向きに生きる力
 連休中にドライブをして疲れが出たのか、横になったまま起きる気力が湧かなかった。実際には雨が降っていて外出しても濡れるだけなので横になっているより仕方がなかった。それでも夕方近くになって仕事場の階段を降りて2Bに顔を出した。久しぶりに見る渡部師匠の頭は大分元の白髪に戻りつつあった。師匠は米沢から帰って来たばかりだが、今週上海に行くつもりだという。何でも写真家の友人が上海で写真展を開催するので、それを観に行くという。「一緒に行かない?」と師匠に軽く言われたが、僕は仕事で呼び出しに備える必要があるので行くことはできないのでお断りした。それにしても羨ましい限りである。僕も「ちょっと写真展を観に上海へ行ってきます」と軽く言ってみたいものである。さて、何か面白いことはないかと2Bに行ったのだが、ブラックのライカが座布団の上に無造作に置かれてあるのを見つけて、とても気になっていた。それが後でM8であることがわかり、さらに驚いた。その持ち主のMさんとは初対面であったが、僕が漂流者であることがわかると打ち解けていろいろと自らの病の話やこれまで携わった仕事の話などをしてくれた。その話を聞いているうちに僕は無性にやる気が湧いてきた。Mさんは還暦だというが、話を伺っていると遙かに若い印象を受ける。子供の頃罹った病気の話をしていてもとても明るく前向きに捉えている方なのだと思った。気が付くと、あっという間に時間が経っていた。この人の前向きに生きる力は一体どこから湧いてくるのだろうかと思った。何かと世知辛い世の中で前向きに生きるのが難しくなっているが、是非とも前向きに生きていけたらと思った。そして、M8は無理だとしてもRD−1でも手に入れたいと思うのであった。

個展開催まで、あと142日。

漂流者写真展(仮題)

開催期間 2007年9月25日(火)〜30日(日) 
     11:00〜19:00(最終日は17:00まで)
場所   ギャラリー・ルデコ(6階)TEL 03-5485-5188
http://home.att.ne.jp/gamma/ledeco/
〒150-0002 東京都渋谷区渋谷3−16−3ルデコビル
| 心理 | 23:59 | comments(7) | - |
憂鬱
 なんとなく体調が悪いと思っていた。以前より疲れやすくなったし体が重い。くだらないことに腹を立てては悪態をつく。しかし、それで気分が晴れるわけもなく、そんな自分に嫌気がさしてくる。仕事の能率は落ちるばかり。思い切って人に電話をかけてみる。話している間は良いのだが、切った途端に孤独が背中に忍び寄る。ひとり部屋の中にいる自分の鼓動が気にかかる。「いよいよ僕もオシマイか」などと益々気分は滅入っていく。40年近く生きてきたが、こういう症状はこれまで経験したことがなかった。これが、鬱というものだろうか。或いは、更年期だろうか。鬱という病は、「死にたくなる」そうだから気を付けねばならない。「何もそんなことで」と思うようなことで落胆し、自ら死を選ぶのだ。しかし、実際に、鬱になっている人に励ましたりしたらかえって良くないらしい。益々駄目な自分を嘆くことになる。さて、それでは、僕はどうするべきか。否、どうするべきなんていう風に自分を追いつめる考え方こそ、鬱になる原因ではないか。「そうだ、一切の責任を放擲して逃亡してしまおう」などと考えてみるが、その後始末のことを考えると更に憂鬱になってくる。ならば、好きなこと、やりたいことをやってみるのはどうだろう。最近、好きな本も読んでいないし、映画を観る本数も大分減ってしまった。カメラを持って撮影に出かけることもしていない。仕事も大事だが、読書や映画、写真を撮るということが僕には大事だったのだ。好きな映画を観て、好きな本を読み、好きな写真を撮ろう。小説を書き、短編映画を撮るのも良いだろう。そう思うと、みるみる気分が明るくなってきた。簡単なことかも知れないが、案外効果があるかもしれない。仕事の事で鬱になるよりも、たまには好きなことをして生きていく方が体にも良いのではないか。それが他人にはくだらないことにしか見えないとしても。
| 心理 | 23:59 | comments(12) | - |
焦燥
 昨日の歩行訓練の成功に気をよくした僕は、江古田の駅まで行くことにした。左膝の痛みはそれほどでもなくなったが、腫れは続いており、上下の足の筋肉は強ばっていて歩くと、左膝に違和感を感じる。これも慣れだと思いつつ歩みを進めて行くと何となく歩くリズムも出てきたのか昨日より速く歩けるようになった。目標の江古田駅に到着しホッと胸を撫で下ろす。電車に乗れば今日にも自宅に帰ることができるような気がしてきた。駅からすぐに引き返すのももったいないような気がしてきて、踏切を越えた向こうの母校の前にある写真屋にフィルムを現像に出しに行くことにする。一週間前に撮り終えたフィルムがまだポケットに入っていた。踏切の前に立つと、踏切を渡るのが無謀なことのように思えてきた。渡っている途中で遮断機が下りてきたら僕は、渡りきれずに転んでしまうのではないかと不安が過ぎる。まだ、無理だと一度は引き返したものの、すぐに踏切の前に戻ってきた。幸いまだ電車が来る様子はない。僕は、踏切を渡りはじめた。すると、気持ちが急いているせいか、歩く速度が速くなっている。僕は、問題なく踏切を渡りきった。そして、写真屋にフィルムを現像に出した後、帰りも踏切をかなり良いペースで渡ることができた。いつ、遮断機が下りるかわからないという気持ちから自然と速く歩いていたと思うのだが、一層、自信が出てきた僕は、今日は自宅に帰るぞと心に決めたのだった。
 夜になって、帰る支度を整えて、江古田の駅へ出る。そこまでは何も問題なかった。しかし、いざ駅の階段を上り、さらに階段を下りてホームに立つとたまらず椅子に腰掛けた。思ったよりも階段の上り下りで体力を消耗したのだ。これで、本当に、家に辿り着けるのか…そんな不安が頭を過ぎった。池袋行きの電車は空いていたので腰掛けることができた。しかし、池袋に着いた僕はたちまち途方に暮れてしまった。僕が乗る電車のホームに行くのに急な階段がいくつも待ちかまえている。人々は殺到しており、僕のような歩みの遅い人間は突き倒されてしまってもおかしくない状況だ。なんとか、自宅の最寄りの駅まで着いたとしてもタクシーも待っていない駅から自宅までは急な坂道ばかりで徒歩10分以上はかかるのだ。今の僕の足なら30分はかかりかねない。
 僕は、乗り換えのため出たばかりの改札へ引き返し、下り電車に乗った。江古田に戻り、駅から仕事部屋に向かって歩いているとこれまでとは違う痛みを感じた。左膝を庇って歩いていたせいだろうか、左の踝のあたりに痛みが走る。仕事部屋に戻ると夕食も早々に済ませて床に着いたのであった。

個展開催まで、あと191日。

漂流者写真展(仮題)

開催期間 2007年9月25日(火)〜30日(日) 
     11:00〜19:00(最終日は17:00まで)
場所   ギャラリー・ルデコ(6階)TEL 03-5485-5188
http://home.att.ne.jp/gamma/ledeco/
〒150-0002 東京都渋谷区渋谷3−16−3ルデコビル
| 心理 | 23:53 | comments(5) | - |
散髪
 久しぶりに地元の理髪店へ散髪に行った。大分髪が伸びてしまい鬱陶しくて仕方がなかったのだが、何かと忙しくして髪を切りに行く余裕がなかったのだ。昔は散髪というと熱したタオルを急に顔に押し当てられたり、長時間椅子の上でじっとしていなければならないので面倒で行く気がしなかったものだが、最近は違う。ゆったりと椅子の上に腰掛けていると気持ち良くてついうとうとしてしまう。散髪している方は、鋏で髪を切っているときに寝られたら、危なくて気が気ではないと思うのだが、条件反射になっているのか、しっかりしようと思っていても、理髪店の椅子に腰掛け、髪を切ってもらっているうちに必ず睡魔が襲ってきてついうとうとしてしまう。時にはすっかり眠ってしまい、気がついて周りを見回すと他にいたはずの客がいなくなっており、「一体、俺はここで何をしているのだろう?」と思っていると、ふいに、「頭を洗います。椅子を倒しますよ」と理容師に声をかけられて我に返るなんてこともある。この「人に頭を洗ってもらう」というのも何とも気持ちの良いものである。「かゆいところはないですか?」などと声をかけられながら、くまなくシャワーで洗ってくれる。これも下手な人にやられると味気ないものだが上手な人だと極楽気分である。髭を剃ってもらっている時は流石に眠ることはないが、全てが終わって、「お疲れ様でした」と声をかけられ上着を着せてもらうと何とも幸せな気分になれる。これなら、毎月、きちんと行けば良いと思うのだが、また、日常の生活に戻るとついつい理髪店から足が遠のいてしまうのだ。支払いを済ませ、表へ出ると冷たい風が吹きつけてきた。僕は首を竦めて家路を急いだのであった。 
| 心理 | 23:59 | comments(5) | trackbacks(0) |
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