戦争 | 我が漂流記

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粉砕!!
粉砕
 町中で見かけた貼り紙に粉砕の文字があった。粉砕とはどんな意味だろうかと思い辞書で調べてみると、「(相手を)徹底的に打ち破ること」とあった。日常的には、使わない言葉だから、辞書で引いてみたのだが、意味を知っても、今後も使うことはなさそうである。もし使われるとしたら、どんな状況だろうかと想像するに、戦争以外にはあり得ないだろう。それにしても、自分が粉砕される方の身になって考えてしまい、居た堪れなくなってしまう。くれぐれも、今後、粉砕という言葉が使われない世の中であって欲しいものである。
| 戦争 | 23:59 | comments(1) | - |
硫黄島からの手紙
硫黄島からの手紙1
 映画「硫黄島からの手紙」を観た。クリント・イーストウッドが監督した硫黄島二部作の日本側から描かれた作品である。硫黄島での戦いをアメリカ側から描いた「父親たちの星条旗」と同様に退色したようなカラーの映像が当時の記録映像のようで素晴らしかった。一方、内容の方は、「父親たちの星条旗」とは、全く異なるストーリーで非常に興味深かった。「父親たちの星条旗」では、ヒーローは不在だったが、「硫黄島からの手紙」では、栗林中将と西大佐というヒーローが登場する。絶望的な状況の中で、彼らは人間としての尊厳を守ろうとする。主人公は元パン屋の男で、敵の米兵ではなく味方の上官に何度も殺されそうになるのがとても印象的であった。この作品には、当時、日本を支配していた精神主義的な病的な雰囲気が良く出ていて不気味であった。
硫黄島からの手紙2
僕の中では、最も印象に残ったのは、憲兵隊を除隊になって硫黄島に送り込まれた男のエピソードであった。憲兵隊の上官に犬を殺すよう命令されても殺せず、除隊になり、硫黄島では必死に上官の求める模範解答を答えながら、自決命令を受けても実行できず、生きようとして投降したら米軍に虫けらのように殺されてしまうその男に最もリアルなものを感じた。彼の生き方は、決して美しいものではないし、当時も今も国粋主義者から見れば、軽蔑すべき存在かも知れないけれど、僕は、こういう登場人物を描いたことがこの作品にとても大きな意味を与えていると思った。栗林中将や西大佐のようなヒーローよりも、この一兵士の存在が僕の心に残ったのであった。
| 戦争 | 23:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
靖国神社で英霊を見た
混雑する九段下の出口
終戦の日の今日、小泉首相が靖国神社を参拝した。僕は、その対応で早朝から仕事だった。昼過ぎに仕事を終えて、靖国神社に行ってみようと思い立つ。
九段下の駅の出口は参拝客でごった返し、身動きもとれないほどだった。
鳥居
靖国神社と言えば、思い出すのが、この金属製の鳥居である。その巨大さは見る者を圧倒する。
菊の御紋
門に取り付けられた巨大な菊の紋が戦前の国家神道を思い起こさせる。
靖国神社
靖国神社を参拝する人たちの列は長く続いていた。
靖国忠盆祭
僕は暑さと息苦しさを感じ列を離れた。戦後60年以上を経てもこれだけ参拝客が訪れていることに驚いた。
日の丸
帰ろうと思い、来た道を引き返そうとすると、どこからか勇ましいラッパの音が聞こえてきた。
英霊1
思わず我が目を疑った。まるで、英霊が生き返ったのかと思ったほどだ。
英霊2
良く見ると、衣装も本格的で凝っている。
英霊3
銃まで担いでいる姿は様になっていた。この日のために練習したのであろう。
英霊4
終戦の日に靖国神社に来たのは初めてだったが、厳かというよりもお祭りめいていたのが以外な印象であった。
| 戦争 | 22:35 | comments(6) | trackbacks(0) |
もう戦争は沢山だ!
 「もう戦争は沢山だ!」僕は叫びたい持ちで一杯になった。
 ジャーナリストの田中宇(さかい)さんが書いた「大戦争になる中東」というリポートを読んでそういう心境になった。
今月、イスラエルがレバノンを攻撃して戦争がはじまった。アメリカのイラン侵攻がまた近づいたようだ。2001年の9・11以来、アフガン戦争、イラク戦争と戦争がある度に仕事で忙殺されて来た僕は、今度も大きな戦争になるのではないかと危惧している。もちろん、そうなれば、僕の仕事というレベルではなく世界的に悪影響を与えるだろう。原油もさらに高騰するだろうし、これまで発展してきた中国経済さえも大きな影響を受けるかもしれない。もちろん、そうなれば、日本経済への打撃だって大きいものになりかねない。僕は、9.11以後、ラジオに出演していたジャーナリストの田中宇さんのメールマガジン「田中宇の国際ニュース解説」を読むようになった。田中さんは、公開されている報道機関の情報などを分析してリポートしているのだが、ニュースをチェックしているだけではわからない背景などがわかって大変興味深い。その田中宇さんの分析によると、イスラエルとレバノンの戦争は、アメリカとイランを巻き込んだ大戦争に発展する可能性が大きいというのだ。
 そうなれば、写真を撮ることも、旅をすることもできなくなってしまう。さらに、もっと悪いことがいくつも待っているだろう。今まで味わった日常のなにげないことが幸せな思い出として、人々の脳裡を過ぎることだろう。だから、僕は今、写真を撮ろうと思う。
それは、第一に自分のためであるが、後世の人類が、その写真を発見した時、今の時代を懐かしむことになるのかも知れない。「戦前はいい時代だったんだね」という感慨を持って。
| 戦争 | 23:54 | comments(2) | trackbacks(0) |
地雷の恐怖
シュムリアップのホテルからの光景
今日はカンボジアの旅の最終日。ホテルの部屋の外は朝から陽射しが強く肌に当たると痛いようだ。窓の下に広がる景色を見ていると南国にいることを実感する。しかし、カンボジアと言えば、まだ、そこらに地雷が埋まっているというイメージがある。人の往来がないところに気軽に足を踏み入れて「地雷を踏んだらサヨウナラ」というわけにもいかないなとのんびりした景色とは裏腹に地雷への恐怖が頭をよぎった。
 朝食を摂ってロビーで待っていると、ガイドさんが迎えに来る。
昨日とは別の人だったが、僕がレストランに忘れていったブローニーフィルム一本を持ってきてくれていた。まだ撮影していないフィルムだった。
 車に乗って出発するとガイドさんは、まず、車で一時間ほどの所にあるバンテアイ・スレイという遺跡に行くという。バンテアイ・スレイとは、「女の砦」という意味だそうで、何かアマゾネスめいた響きに期待が高まる。さらに、そこには「東洋のモナリザ」と呼ばれる彫像があるという。これは、見逃せない。
女の砦東洋のモナリザ?

到着して車を降りると、小さな遺跡があった。すでに観光客でいっぱいである。遺跡は小さいが、その分、彫刻が細かく彫られていた。なぜか、日本の日光東照宮を思い出した。
 「あれが東洋のモナリザでしたよ」となぜか過去形で話すガイドさんの言う方を見たが建造物の一部に掘られた彫刻は遺跡の周囲にロープが張られているため、遠巻きにしか見ることができず、ズームレンズの着いたニコンF100を持ってくれば良かったと思った。
何でも、この「東洋のモナリザ」は、昔、作家のアンドレ・マルローが持ち出そうとして捕まったことがあったとかで、伝説的なエピソードになっているらしい。内戦時代には、この遺跡の周囲にも沢山の地雷が埋められたとか…考えただけで恐ろしい。人のいないところをあまり歩き回らないことだな。僕が地雷について気になりだしたのは、カンボジアへ来てからだ。昨日、行った遺跡にも、義足の男が壁画のある狭い通路の角にうずくまるように座っていたからだ。しかも一人ではない。角を通り抜けると次の角にも別の男が座っていた。何かうめくように言っている。どうやら、金を恵んでくれと言っているようだった。子供の頃、独特の格好をした義足の傷痍軍人さんを駅前などで見かけたが、いずれも老人だった。しかし、こちらの人は若いのがまたリアルなのであった。「女の砦」を後にして、一路、カンボジア最大の湖、トンレサップ湖へ向かった。
| 戦争 | 21:41 | comments(1) | trackbacks(0) |
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