家族 | 我が漂流記

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久しぶりに姪っ子と遊ぶ
JUGEMテーマ:家族のこと


 妹が姪っ子を連れて千葉の実家に帰省しているというので、久しぶりに姪っ子に会いに行った。実家に着くと、母と姪っ子が玄関の扉を開けて僕を出迎えてくれた。姪っ子と会うのは半年ぶりであるが、以前よりよく言葉を話すようになり、半年の間にかなり成長したように見えた。姪っ子は2歳半だが、母親である妹の真似をして、エプロンを着けてままごとをしたり、「大きくなったらママになるの」などと言ったりして女の子らしくなって可愛かった。
 姪っ子は、保育園で覚えてきた歌をいくつか披露して僕ら家族を楽しませてくれた。子供の成長は早いものだと思った。姪っ子が父と母にグランパ、グランマと呼んでまとわりつくと、二人とも嬉しくて目を細めた。僕は久しぶりに姪っ子と思う存分遊んだ。姪っ子は、みんなから遊んでもらって、とてもご機嫌だった。はしゃぎ過ぎて、ベッドから落ちて「ワーン」と大きな声で泣いたりもしたが、父がサッと抱き上げて、妹に渡すと、すぐに泣き止んで、しばらくするとまた遊びに夢中になった。この年頃の子供は良く動くので、目を離すことができないが、見ているだけで本当に楽しい。しかし、こういう時期は、すぐに過ぎてしまうので、今回、姪っ子に会うために帰省して良かったと思った。
| 家族 | 23:58 | comments(0) | - |
妻の祖母の葬儀
 妻の祖母が亡くなった。92歳だった。妻の祖母が僕らの結婚式に参加してくれたのは6月末のことだった。病後であったが孫の結婚のために無理を押して参加してくれたのである。あれから五ヶ月して妻の祖母は亡くなった。葬儀は群馬県の渋川市で行われた。僕は妻と葬儀に参列した。妻の家族や親戚に会うのは結婚式以来だった。祖母の遺影はすばらしい笑顔の写真だった。その笑顔を見ていると、どこか妻の笑顔に似ているような気がした。棺の中に花を入れる時、悲しみが込み上げてきた。妻の祖母とは一度しか会ったことがなかったのにとても悲しかった。葬儀の後、火葬場へ行った。窯の中に棺が入れられ、1時間30分ほどして骨を拾いに行った。とてもしっかりした骨だった。その骨を二人一組で長い箸でつまんで交代で骨壺に入れた。誰しも最後はこうして骨になるのだと思った。全ての儀式が終わって外へ出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
JUGEMテーマ:日記・一般
| 家族 | 23:59 | comments(2) | - |
母の退院
 廃墟
 昨日、母が退院した。午前中に行われた血液検査の結果、午後には退院して良いとの診断が下ったそうである。帰省していた妹から電話で知らされ、午後には母本人から電話があった。母の声はいつも通りの明るさを取り戻していた。つい長話をしそうになったが、母が「今日は寒いね」と病院から帰宅する途中、外から電話をしていることを知り、「暖かくするんだよ」と言って慌てて電話を切った。思わずホッとして身体の力が抜けた。しかし、一方で、実際に母の顔を見るまでは、本当には安心できない自分がいる。帰省して自分の目で確かめてみようと思う。
| 家族 | 23:59 | comments(5) | - |
病院のハシゴをする
病院の出入り口
 母の見舞いのため、千葉にある救急病院へ行く。母は4日前に会った時よりも元気そうだった。相変わらず点滴の管を腕に付けているものの、ベッドに腰掛けて同室の患者さんと話をしていた。熱は下がったが、まだ不整脈があり、脈が速いそうだ。そのため、血栓を起こさないようにするため、ワーファリンという血液が固まらないようにする薬を飲んでいるという。今日は、心臓のエコー検査をしたそうだ。母に食べ物の制限はないか聞いた上で僕は持参した手提げ袋から小さな箱を取り出した。キャラメルの箱である。母はそれを見ると嬉しそうに笑った。2年前にこの病院に入院していた時、手術を終え、意識を取り戻し、元気に回復してきた頃、キャラメルを買ってきて欲しいと言ったことを思い出したので、来る途中で買って来たのである。しばらく母と話していると、父がやって来た。父は大きなマスクをしていた。三人で話をしていると父が苦しそうに咳き込んだ。父も母と同様に年末から風邪をひいているそうだが、病院に行かずに買い置きの風邪薬を飲んでいたようだが、こじらせてしまったらしい。母が心配して自分が使っていた体温計を父に渡し、熱を測るように促した。父は忙しいと言ってなかなか病院へ行かなかったそうだが、余程体調が悪かったのか大人しく検温した。すると、37度5分程熱があることがわかった。このままでは、父も倒れてしまうのではないかと思い、父に病院で診てもらうように言った。しかし、母の入院している病院は救急病院で外来はないので、近くにある公立の病院へ行こうと思ったら、午前中しか受付をしていなかった。既に時間は午後5時を回っていた。どこかに診療してくれる病院はないのかと思い、母の見舞いを終えて外へ出た。実家からそれほど遠くない総合病院の電話番号を調べて電話をかけてみた。既に午後の診療は終わっているが、当直の医師に診てもらえることになった。ありがたかった。
救急病院から実家の近くにある総合病院まで車で移動して、待合室でしばらく待たされたが、父は診察を受けることができた。レントゲンの結果、幸い肺炎には至っていなかった。抗生物質や解熱剤など数種類の薬を出してもらったが、夜間診療なので薬は一日分しかもらえなかった。翌日、再び診療を受けることになった。とにかく、父には薬を飲んでもらい今晩はゆっくり眠ってもらいたいと思った。父と近所のレストランで夕食を摂り、実家に帰った。今晩は父が心配なので僕も実家に泊まることにした。それにしても、一日に病院をハシゴするなんて思いも寄らなかった。両親には早く元気になってもらいたいと思いながら床についた。
| 家族 | 23:57 | comments(2) | - |
母の入院とセルフスタンド
病院の看板
 今日は初仕事。取引先に行く準備をしているところへ、Skypeで父から電話が入った。数日後に実家に帰ることにしていたので、正月になってからつい実家に電話をかけるのを怠っていた。父は「落ち着いて聞きなさい。母さんが肺炎で入院した」と言った。受話器の向こうで父は母の入院の経緯を話していたが、明らかに動揺しているようだった。入院したのは昨日で、今は熱も下がり落ち着いているという。僕は、取引先で仕事を済ませ、母が入院している病院へ向かった。母は2年前、心臓の手術をした時に入院していた病院の同じ病室に横たわっていた。母の姿はとても小さく見えた。手には点滴の管が繋がれている。恐る恐る母に声をかけると、こちらを見てどうして息子がいるのかと驚いているようだった。母に「寝ていたところ悪いね」と言うと「寝ていたんじゃなくて、ラジオを聞いてたんだよ」とイヤフォンを耳から外して見せた。熱は下がったようだが、レントゲンを撮ったところ肺にまだ影があるという。医者の建てた治療計画では一週間程度の入院治療が必要とのこと。母と話していると父が見舞いにやってきた。3人で廊下にあるソファに場所を移して話しをする。母は点滴をしていることを除けば、話している時は元気そうに見えたが、しばらくすると、咳をして少し苦しそうであった。病院の食事の時間が近づいたので、僕は父と共に病院を出た。父とレストランで食事をとり、駅まで送ってもらう前に、ガソリンを補給するため、ガソリンスタンドへ寄りたいと父が言った。 
セルフスタンド
 ガソリンスタンドに入ったが、作業員はいるのに、一向に車に近づいて来ない。不思議に思っていると、父が外へ出ていき、機械に向かって何やら操作を始めた。セルフサービスのガソリンスタンドだったのだ。 
セルフスタンド
父は手際よく、ガソリンを車のタンクに注ぎ始めた。なんだか手慣れていて意外だった。
セルフスタンド
父に「ガソリンの値上がり大変だね」と言ったら、父は「これでも少し下がったんだけどね」とつぶやくように言った。
| 家族 | 23:59 | comments(4) | - |
母の誕生日
 12月7日は母の誕生日である。千葉の実家へ帰り、両親と夕食をともにする。母は75歳になった。二年前に倒れ、救急病院で生死の境を彷徨い、心臓の手術をして生還した母の誕生日を祝えることは本当にありがたい。妹が去年姪っ子を産んで孫の顔を見せることができたことも本当に良かったと思っている。残る問題は、僕自身の行く末であろう。いつまでも心配ばかりかけているわけにもいかない。食事をしながら、良く笑う母の顔を見ながらそろそろ安心させてやらないといけないと思うのであった。
| 家族 | 23:59 | comments(1) | - |
1歳になった姪っ子に会いに行く
1歳になった姪っ子
 昨日は姪っ子の誕生日。一歳になった。早いものである。今日は、誕生日を祝うため、千葉の実家から両親が妹の住む埼玉へ行くことになっていた。姪っ子に会ったのは5月のゴールデンウィークだったからおよそ二ヶ月前のことになる。あの時も以前見た時よりも随分大きくなっていて、呼びかけたりするといろいろと反応するようになっていて可愛かった。あの時は、まだハイハイもできなかったが、今ではハイハイもでき、掴まり立ちもできるようになったという。すごい進歩である。両親と妹は、池袋で待ちあわせて、昼食を摂り、その後、埼玉の妹の家に行くとのことだった。妹は僕にも来ないかと声をかけてくれた。僕は、仕事で渋谷に行く用事があったので、時間が合えば連絡すると言っていた。仕事を済ませて時計を見ると、電車でぎりぎり約束の時間に間に合いそうだったので妹の携帯にメールを入れて電車に飛び乗った。すると、妹から返信があり、そのまま、姪っ子に会いに来るなら、特急券を買っておくけど、どうする?というので、お願いすることにした。
池袋で妹と両親と落ち合って昼食を摂る。こうして家族四人で食事をするのは久しぶだ。姪っ子の成長を祝うために集まったので会話も弾む。食事を済ませて特急電車で埼玉にある妹夫婦の済む家へ向かう。あっという間に目的の駅に着き、妹夫婦の家へ行く。ここへ来たのは妹が結婚した時以来であるから実に8年の歳月が流れている。部屋の中は一歳の子供がいる家らしく玩具やぬいぐるみであふれていた。少し休んでから妹が姪っ子を保育園に迎えに行く。両親も孫の顔を早く見たいので一緒に行くことにした。僕も留守番をしているわけにもいかず、お供をする。駅に着いた頃、雨が降り出した。
結局、母と僕が駅ビルで待つことにして、父と妹は保育園に姪っ子を迎えに行った。しばらく母の話を聞きながら待っていると、妹と父が姪っ子を連れてやってきた。姪っ子は僕らの顔を見て不思議そうな顔をしていた。「一体、この人たち誰?」と言っているみたいだった。妹夫婦の家に帰り、姪っ子としばらく遊ぶ。最初は人見知りしていた姪っ子もしばらくすると元気にはしゃぎ始めた。遊んでいると子供の頃の妹を思いだした。ちょうど母が僕や妹の子供時代のモノクロの家族写真を持ってきていた。それを見ると、姪っ子と良く似た妹の写真があった。そのあどけない表情を見て思わず笑ってしまった。代わる代わる姪っ子の相手をしながら、姪っ子の写真を撮る。そのうちに姪っ子はハイハイをして動き回ったり、テーブルに掴まって立ったりして周りの大人たちを喜ばせてくれた。夕食の前に義弟が仕事を終えて帰ってきた。姪っ子はすぐにハイハイして父親を迎えに行く。家族で食卓を囲み、夕食を摂る。姪っ子も母乳ではなく離乳食を一緒に食べる。前回会った時はまだほとんど母乳だった。実に子供の成長は早いものだ。僕は食事を摂りながら、小さな子供が一人いるだけでこれだけ楽しいものなのかと思ったりした。夕食を終えて妹の家を後にする。帰りの電車の中で次に会う時は姪っ子がどれだけ成長しているのかと思うとまた会うのが楽しみなのであった。

個展開催まで、あと88日!

漂流者写真展 「我が漂流記」(仮題)

開催期間 2007年9月25日(火)〜30日(日) 
     11:00〜19:00(最終日は17:00まで)
場所   ギャラリー・ルデコ(6階)TEL 03-5485-5188
http://home.att.ne.jp/gamma/ledeco/
〒150-0002 東京都渋谷区渋谷3−16−3ルデコビル 
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