カメラ | 我が漂流記

CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< September 2017 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
壊れた暗箱

久しぶりに北上野の長岡製作所へ行った。長い間預けていた古い乾板時代のカメラを引き取りに行ったのである。預けていたカメラは2台。いずれも蛇腹に穴が空いていたり、シャッターが壊れていてそのまま使えるものではない。長岡さんも他のカメラの製作に忙しく、それらのカメラは作業場の片隅に忘れられたように置かれていた。僕はそれらのカメラを自らの手で修理して使ってみたいと思ったのである。いつまでかかるかわからないけれどやってみたいと思う気持ちがふつふつと湧いてきたのである。長年使われて写真を写してきたカメラが壊れてしまったことでそのまま捨ててしまうのは忍びなかったからである。勿論、電子部品を搭載した最近のカメラは壊れたら自分では直せない。そう思うと半世紀以上前に活躍していたカメラが手を入れることで再び道具として使えるならば、こんなに魅力的なことはないではないか。ゆっくり焦らずのんびりと直してみたいと思うのであった。
| カメラ | 21:38 | - | - |
偽ライカ愛好会と中野詣で
日曜日の昼下がり。携帯に一通のメッセージが入った。
「お久しぶりです。今日、長徳先生達と偽ライカ同盟で新井薬師を歩くのですが来ませんか。
中野で宴会もやりますよ。」
差出人はガスマン堀野氏である。以前から偽ライカ同盟には興味があったし、長徳さんにもお会いしたかったので、「何時に何処に集合ですか?」と返信したところ、2時に西武新宿線の新井薬師前駅集合とのことだった。折角なので、田中長徳ファンの友人に声をかけたら、その友人は慌てて自宅を飛び出してバスに乗って最寄の駅へ向かったのである。さて、新井薬師前に着くとすでに田中長徳さんと偽ライカ同盟のメンバーが集まっていた。偽ライカというだけあって、リコーのGR21とかキエフとかブラックのニコンFに21mmとか、目についただけでも、持っているカメラを見ると只者ではないのが伺えた。さて、新井薬師を歩くという今回の企画を考えたのは、他ならぬガスマン堀野氏である。堀野氏曰く、長徳さんと一緒に行く撮影会(これを「行軍」と呼ぶらしい)を月に一回行っているそうで、今回は堀野氏が幹事で、地元の新井薬師周辺を選んだそうだ。


幹事である堀野氏が先頭を歩くのだが、何やら赤いものを持っていたので、見せてもらうと、そこには偽ライカ愛好会の文字が。「これって偽ライカ同盟じゃないの?」と聞くと、堀野氏は「偽ライカ愛好会です」と言うではないか。しかも、偽のライカを使う集団かと思ったら、ライカ同盟の真似なので、偽をつけたのだと言う。なんだかよくわからなかったが、この「行軍」はとても楽しいものだった。印画紙を製造しているオリエンタルの移転前の本社の跡地やオリエンタルが運営していた写真学校の跡地を巡りながら、往時をしのんだ。また、長徳さんが1970年代のパリで写真家の白岡順さんのアパートで夜遅くまで話をしたことなどを伺ったりした。当時の白岡さんはパリに来たばかりで、部屋にはまだ引き伸ばし機のフォコマートが一台あるくらいだったそうである。
さて、堀野氏に聞くと、この「行軍」の最終目的地は中野の中古カメラ店巡りであった。
それで俄かにテンションが上がってきた。何しろ長徳さんと中古カメラ店で、中古カメラやレンズについて直接話を聞けるのである。長徳さんも「ノクチルクスがあるかも知れない」などと乗り気であった。

中野に到着してまず行ったのが日東商事である。長徳さんは店内に入ると、顔見知りの店主に声をかけてショウケースの中に鋭い視線を走らせていく。僕らは導かれるままに店内に吸い込まれて行った。
結局、高額なノクチルクスはなかったが、皆熱心にショウケースの中を見つめていた。暫くして、長徳さんを始め一旦、店の外へ出た。しかし、僕は気になるカメラがあるからと長徳さんに申し出た。すると、長徳さんは快く店に戻ってくれた。僕はショウケースの中を指差した。それはバルナック型のライカ3F。長徳さんは店主に声をかけて、カメラを出してもらった。慣れた手つきでライカのシャッターを切ったりしてから、店主に白い紙をもらうと、底葢を外してカメラに差し込んでからシャッターを切って、「1000分の1秒以外は大丈夫」と言った。僕はまるでマジックを見ているような気分だった。
結局、そのライカは買わなかったけれど、良いものを見せてもらった。
その後、フジヤカメラとまんだらけに行った。フジヤカメラではハッセルのレンズが安くなっていることに複雑な表情を見せた長徳さんだったが、まんだらけは初めてとのことで興味深げだった。中でも写真集コーナーに行った時、ウイリアム・クラインの写真集「東京」があって、クラインが現在、ライカR6やR6.2を使っているが、それらを使うようになった理由を教えてくれた。またそこにあった写真集の中に長徳さんがニューヨーク時代に交流のあった写真家の写真集があった。その人はニューヨークで窓枠を集めていたそうだが、ある時、「いい窓枠があるから見に行かないか?」と誘われて行ったら、強盗に襲われて銀行に金を下ろしに連れて行かれた際に、避難ゾーンに咄嗟に逃げて助かった話を教えてくれた。
僕は以前、「まんだらけに石元泰博さんの写真集『シカゴ、シカゴ』が安価に出ていた」と写真家の中藤毅彦さんに聞いていたので、ショウケースを見ていたら、『シカゴ、シカゴ』があるではないか!折角なので店員にお願いして見せてもらうことにした。これも結局買わなかったけれど、なかなか見る機会がない写真集な ので良かった。

その後、居酒屋で反省会に参加。会長が軍用ライカのKE7aを持っていたので長徳さんが調子を確かめる。何十年も前の物なのにまるで新品のようだった。長徳さんもご機嫌である。
会長によると、元々は東急が企画したライカの講座に来ていた人たちの集まりだそうである。こういう会ならまた参加したいと思うのであった。
| カメラ | 22:45 | - | - |
ローライフレックス救出作戦

我が家では先週の日曜日から一台のカメラを巡って必死の捜索が続けられていた。この4日間、睡眠時間を削っての必死の捜索を行った。そのカメラはローライフレックス3.5Eを買ったその日に電車に置き忘れた思い出のカメラである。昨日までの3日間で思いつくところは全て見たのだが、レンズフードとローライナーは見つかったものの、本体は見当たらなかった。今日、一旦、探すのを中止して、諦めようかと思った矢先、最後にもう一度みてみようとこれまで死角になっていた引き延ばし器の下の片隅を見るとそこにローライフレックスの姿が見えたのである。その時の喜びは格別だった。
思わず「あった!あった!」と声をあげたくらいである。
そもそも、なぜローライフレックスを探していたかといえば、先週の日曜日に新宿の中古カメラ店でローライフレックス3.5DもしくはEの皮ケースをワゴンセールで手に入れたからである。それをローライフレックスに装着するというのを楽しみにしていた。それが帰宅して部屋を探しても全く出てこない。確かにここにあったと思うところを見ても何もない。そのローライフレックスが必死の捜索の結果、遂に発見されたのである。物事は最後まで諦めてはいけないと思ったのであった。

| カメラ | 21:57 | - | - |
花見とauto110

誘われて新宿御苑で花見。大木戸門で待ち合わせだったのだが、待てど暮らせど誰とも会えずに25分後にようやく発見されて、事なきを得た。子供の頃、危うく迷子になりそうになったことを思い出した。ようやく芝生の上に敷かれたビニールシートに座って幕の内弁当をつつき始めたら、急に冷たいものが落ちてきた。晴れていたのですぐに止むと思っていたが、雨足は俄かに強くなっていった。傘はない。慌てて苑内の温室の方へと避難した。雨は凌げたものの、温室の中はさながら満員電車のような混み具合。一瞬、何をしに来たのか忘れる程であった。暫くして、外を伺うと、雨が止んだようなので、温室を出て、元居た所へ戻ると、友人がそのままの位置に居て、何事もなかったように弁当をつまんでいた。「あの雨の中、ずっとここに居たの?」と呆れて聞くと、「ビニールシートを被ってやり過ごしたよ」と涼しい顔をして箸を動かしていた。また雨に降られたら堪らないと、今度は、桜の木の下にシートを移動して、花見を再開した。やがて、先程の雨でも悠然としていた友人が横になって寝入ってしまった。皆、それを見て面白がって、その辺にあった物を寝ている友人に持たせたりして、代わる代わる写真を撮っている。以前、寝入った子供をモデルにして写真を撮る「寝相アート」なるものが流行ったが、まるで中年男の寝相アートである。中にはスマホのパノラマ機能で写真を撮る者もいて大いに盛り上がった。そういう僕もGR21で真上から全身を入れて撮ったのである。この撮影会も本人が目覚めて修了となった。帰りに一緒にいたメンバーが近くのギャラリーで写真のグループ展に参加しているというので、覗きに行ったら、なんとワンテンフィルムのカメラで撮影した写真限定のグループ展だった。
その名も「ワンテン展2014」。あんなに小さなフィルムで写真を撮って写真展までやってしまうところが面白かった。その後、友人たちと連れ立って、四谷荒木町の我楽多屋へ行った。我楽多屋は以前来た時は1階も店舗であったが、今は2階だけになっているようだった。店内に入って暫くすると、友人が「ワンテンあるよ!」と声を上げた。見ると、PENTAXのauto110があるではないか!しかも2台。僕は状態の良いのを見極めてなけなしの金を払った。一度はフィルムがなくなると言われたワンテンだが、今は復活しているという。こうして、僕は再びカメラの迷宮へと足を踏み入れたのであった。

| カメラ | 20:51 | - | - |
久しぶりの銀座

銀座Nikonサロンで阿部直樹写真展『黒風のまえ』を観る。コンクリートやアスファルト、建築現場などのテクスチャーが印象に残った。Nikonサロンの向いの建物が取り壊されていて、そこに何があったのかわからない。あれこれ考えていたら、そのビルに信用金庫が入っていたことを思い出した。一度、手持ちの金がないことに気がついて慌てて駆け込んだからである。久しぶりに銀座に来たついでに行きつけだった中古カメラ店に寄った。バルナックライカが気になっていたので、見せてもらう。触っていたら、危うく買いそうになって我に帰った。危ない危ない。有楽町の交番の傍の桜が満開だった。
| カメラ | 16:43 | - | - |
GR21を発掘

段ボール箱の中を整理していたら、一台のカメラが出てきた。リコーのコンパクトカメラ、GR21である。21mmの広角レンズを装備した35mmフィルムカメラである。GRシリーズはGR1sやGR10など28mmのレンズが付いたカメラは僕の手に良く馴染んで、28mmの画角が標準レンズのような感覚になった。そんな僕が同じシリーズで更に広角の21mmレンズの付いたコンパクトなカメラを手に入れたくなったのも自然なことだった。
しかし、21mmという画角は28mmとは全く勝手が違った。数回使ったものの、その広い画角をうまく使いこなすことができず、いつの間にか出番がなくなったのである。
折しも4月になったばかり。心機一転、このカメラを手に外へ出かけてみようと思う。
| カメラ | 12:32 | - | - |
今日はキエフで

今日は旧ソ連時代のカメラ、キエフを持って外出することにした。キエフと言えば、ウクライナの首都の名前だが、反政府デモ隊と治安部隊の衝突で今、大変な事になっているようだ。インターネットで荒廃した広場の写真を見ていたたまれない気持ちになった。遠い異国の地のことだけど、シャッターを切りながら、彼の地へ思いを馳せようと思う。
| カメラ | 11:48 | - | - |
薄くて軽い8x10フィルムホルダー

ある時、車を持たない僕は、8x10カメラで撮影に行くのにどれだけ軽量化出来るかという課題に取り組んでいた。8x10カメラがスッポリ入るバックパックを見つけて、冠布やピントルーペなど必要な機材を入れて背負い、更にトートバッグにフィルムホルダーを何枚か入れて肩から提げ、もう一方の肩に三脚を提げて歩くのだが、これでは両手が塞がってしまう上にかなりの重量になってしまい、長時間の移動にはとても負担が大きかったのである。そんな話を8x10カメラの写真仲間に話したところ、『いいものがある』と貸してくれたのが、MIDO 8X10 FILM HOLDER とMIDO 8x10 FILM HOLDER FOCUS SPACER である。これは厚さ数ミリの特製の薄いフィルムホルダーとそれを使って撮影する時に、通常のホルダーの厚さに調整するためのスペーサーのセットである。
このホルダーの優れたところは、薄くて軽量のため、表裏二枚のフィルムが入るホルダー四枚とスペーサー一枚が薄い書類ケースに入ってしまう点にある。8X10カメラの入ったバックパックにホルダーとスペーサーの入った書類ケースを入れたらピッタリと収まった。驚いたことにこれまで大きなトートバッグに入れて持ち歩いていた荷物が一つ減ったのである。
ただ一つ問題だったのはホルダーが薄く出来ているために、フィルムを詰めるのに、とても根気のいることだった。しかし、それも荷物の軽量化を考えれば、大したことではないように思われた。使いこなすには経験を積む事が必要だと思った。
| カメラ | 05:25 | - | - |
中古のREDONEを手に入れる


今年は富士フイルムが映画用フィルムの製造中止を発表して、いよいよ映画の世界も完全にデジタルに移行するのかと思うと感慨深いものがあった。
10月に入ってREDONEという4Kのデジタルシネマカメラを買わないかという話が舞い込んだ。新品で買えば、何百万円もするのだが、既に5年間使用され、付属品も多数付いて、何とか頑張れば買える値段であった。
しかし、カメラだけ手に入れても、写すことは出来ない。レンズの値段はいくらするのかと調べてみたら、純正のズームレンズが中古で数十万円もするのである。これでは手が出ないと諦めかけた時、映画業界の友人がNikonマウントに変換出来るマウントアダプターがあるから、それを手に入れれば、写真用のレンズでも十分撮影出来ると教えてくれた。幸いオークションサイトにタイミング良くREDONE用のNikonマウントアダプターが出品されているという。僕はそれを聞いて背中を押された思いで、マウントアダプターを落札して、清水の舞台から飛び降りる思いで、遂にREDONEを中古で手に入れたのであった。その後、バッテリーや記録メディアのSSDなどを買い足したら、写真用の商品と比べると値段が一桁多く、直ぐに数十万円単位の出費になってしまうので閉口したが、必要不可欠なものなので、少しづつ揃えることにした。目下、揃えたいのは業務用の三脚である。ザハトラーの三脚を持っている友人に値段を聞いたら、新品で100万円を超えるというので、当面は昔買ったビデオ用の三脚で代用することにした。来年はREDONEで撮影を開始したいものである。
| カメラ | 21:50 | - | - |
中藤毅彦さんのG2ブラック

昨日、東京国立近代美術館でのプリントスタディに行った後、神保町の檜画廊で開催中の中藤毅彦写真展に行く。内容はロシアである。中藤さんが構えているのは、愛用のCONTAX G2ブラックである。レンズはズームレンズが着いていた。G2といえば、オートフォーカスのカメラだが、中藤さんはマニュアルでピントを2mに固定して絞りを11ぐらいに絞って撮影する方がピントは合うのだと言っていた。

それにしても、かなり使い込まれていて、何だか感動してしまった。黒い塗料が剥げて地金が見えているのが良い。会場にいたら、どこかで見覚えのある年配の男性が入って来た。須田一政さんだった。須田さんは静かに写真を観た後出て行ったが、その肩からは折り畳んだフジのGF670プロフェッショナルが提げられていた。シューには小型のクリップオンストロボが着けられていた。
| カメラ | 21:59 | - | - |
| 1/25PAGES | >>