江古田 | 我が漂流記

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江古田コンパの夜
 
 僕にとって、その店はある意味、江古田のシンボルのようなものだった。大学に入った頃から見慣れたその店は、長い年月を経た今も相変わらず同じ場所にある。その店の名は「江古田コンパ」。学生時代、江古田に住んでいた僕は、この店の前を毎日のように通ったけれど、中には一度も足を踏み入れたことはなかった。酒を飲みに行く金も、友人と一緒に飲みに行く機会もなかったからである。学生時代、酒を飲むのは、自分の住むアパートか友人のアパートで、店で飲むのは、学校の行事かクラブやサークルの飲み会ぐらいのものだった。しかし、大学一年の時、入部したワンゲルを体を壊して退部した僕には、ほとんど飲みに行く機会はなくなってしまったのである。あれから20年以上が経ったが、先日、ついに僕が江古田コンパに入る時が訪れた。
大学時代の先輩が江古田コンパの学生の時からの常連で、講師として母校に通うようになってから、再び立ち寄るようになったと聞いて、先輩に連れて行って欲しいと頼んだのである。
 二階の店へ通じる階段を登ったが、妙に緊張したのを覚えている。中は薄暗く、カウンターには数人の男女のグループがカラオケを楽しんでいるところだった。僕は酒を飲める体ではないので、代わりにジュースを頼んだ。面白かったのは、出てきたお通しだった。どれもボリュームがあって、学生の街、江古田らしいと思ったのであった。 
| 江古田 | 21:52 | comments(2) | - |
さらば江古田。さらば2B。
江古田の部屋
江古田に借りていた部屋を引き払う日が来た。入居してから丸2年、様々なことがあった。
部屋の窓
カメラと写真のワークショップ2Bに通い始めたのが3年前、その一年後、僕はこの部屋を借りた。ちょうど、モンゴル展に参加した直後のことだった。2Bのある同じビルの4階にあるこの部屋で、僕は写真についてたっぷり考える時間を過ごすことができた。わからないことがあれば、2Bに行き、渡部さとる師匠に直接質問をぶつけた。渡部師匠は、いつでも、嫌な顔ひとつ見せず、お茶を振る舞って質問に答えてくれた。そのおかげで、一年後には、個展を開くことができた。痛風に苦しんだ日々も今は良い思い出である。
窓からの眺め
今年になって、仕事や結婚のことで忙しく、ここにいる時間も少なくなっていた。自ずと写真について考え、写真を撮る時間も減っていった。賃貸契約の更新を前にして、僕は、この部屋を引き払うことにした。
部屋に座る僕
僕は、ここで生活し、写真について学んだ日々を忘れない。さらば、江古田。さらば、2B。そして、渡部さとる師匠、本当にありがとうございました。

| 江古田 | 23:59 | comments(4) | - |
ハロウィーンの南瓜
南瓜
 江古田の2Bに顔を出すと、テーブルの上に南瓜があった。物撮り講習にでも使ったのかなと思ったら、ハロウィーンの飾りのための南瓜だという。
製作過程
それなら、早速、飾りを作ろうということになり、居合わせたメンバーがせっせと中身をくり抜き始めた。
南瓜2S
そして、ついにハロウィーンの飾りは完成。しかし、右側の南瓜の顔はどこがで見た顔である。
師匠南瓜
よく見てみると…
師匠と南瓜
渡部さとる師匠に瓜二つなのであった。
| 江古田 | 23:49 | comments(0) | - |
昭和の家
古い家
| 江古田 | 23:59 | - | - |
ふさふさしてる
蔦の家
 
| 江古田 | 23:59 | - | - |
壁の顔
壁の顔
 寒風吹きすさぶ中を、江古田周辺を歩行していた時に発見した顔の壁画である。ただの落書きだとは思うのだが、僕には釈迦の涅槃図のようにも見えた。僕は、手を合わせる代わりにシャッターを押したのであった。
| 江古田 | 23:59 | comments(0) | - |
プアハウスでカレーを食う
旅するカメラ三部作
 久しぶりに竹下太郎君と江古田で晩飯でも食おうということになり、考えた末に、渡部師匠ゆかりの店、プアハウスに行くことにした。店に入ると珍しくカウンターが空いていたので、太郎君とともにカウンターに陣取る。何気なく前を見ると、目の前の棚に、渡部さとる師匠の「旅するカメラ」三部作が並んでいた。流石師匠である。何気なくこの本を手に取った客はたちまち師匠のファンになり、知らぬ間に中古カメラウィルスに感染してしまう。このウィルスに感染した客には治療が必要であるから、ワークショップ2Bに駆け込んで来るという仕掛けではないかと想像を逞しくした。
激辛カレー
 この店に来て、僕がいつも注文するのは名物の「粗食」であるが、今回は、カレーを注文することにした。太郎君は以前、ここのカレーを食べたところ、辛くて大変だったと言っていたが、結局、同じカレーを注文した。いざ、食べてみると、確かに辛い。水を何杯も飲みながら食べ終えたが、これが、なかなか美味かった。太郎君とは、就職など将来のことについて話した。太郎君とは20歳近く歳が離れているが、悩みはいつの時代も変わらないものだと思った。二十歳そこそこで将来進むべき道を決めるのは難しいが、目先の条件よりも、将来どんな仕事に携わりたいのか考えて決めて欲しいものである。どんな仕事も一人前になるには経験が必要だからである。太郎君は将来に不安を抱いているようであったが、一方で、僕はそんな太郎君が羨ましいと思うのであった。
| 江古田 | 23:20 | comments(0) | - |
新春の2B
Cl+GR21mmf3.5
 新春の2Bへ行く。渡部さとる師匠は僕の顔を見るなり「お母さん大丈夫か?」と聞いてきた。僕は母が肺炎で入院している概要を話した。師匠のお母さんは大病をした後で米沢でひとり暮らしだし、義理のお母さんも病に臥せているそうで他人事ではないと心配してくれたのである。父のメールによると母の熱は下がり、元気な様子であるものの、脈が速いそうだ。母は二年前に心筋梗塞で心臓の弁が壊れ、人工弁に交換する手術をしている。脈が速いというのは手術をしたことと関係があるのかも知れない。いずれにしても母には病院で治療をしてもらい様子を見る他はない。
 久しぶりに飲む師匠の淹れてくれたお茶は旨かった。師匠は年末に会った時もそうだったが、何か肩の力が抜けたようでとても健康そうに見えた。渡部師匠に今年はどこか遠くへ行く予定はあるのですか?と聞くと、「行かないよ。今年は大人しくしているつもりなんだ」と言った。それでも、やはり、いくつか既に行きたい場所は考えているようだ。また、今年も渡部師匠の「旅するカメラ」の続きがありそうな予感がしたのであった。
| 江古田 | 23:44 | comments(0) | - |
賀正
干支1
 ほんの少し前まで何も描かれていなかった材木に何かが描かれているのを発見。今年もいよいよ正月がやってきたなと実感した。
干支2
江古田の正月の風物詩になっている材木屋の干支の絵である。大きいから壁画のようだが、白い木の束に描かれているので離れて見ると絵馬のようでもある。
干支3
今年の干支はねずみか…一体、どういう年になるのだろうか?僕は期待と不安を抱きながら、先ずは、僕を支えてくれている周りの人々が幸せで健康に過ごせることを祈らずにはいられない。もちろん、世界平和とか大きな事件や事故が起きませんようにという願いもあるが、これまでの経験から、その願いはあっという間に砕かれてしまう。必ず世界のどこかで戦争があり、互いを憎み合って殺し合いが続いている。だから、せめて自分の周りから小さな幸せが生まれれば、やがて周りの人々に伝わって幸せが広がっていけば良いと願う。幸せそうな人と接すると不思議と自分も幸せな気持ちになってくるものだ。たとえ良くない状況に追い込まれたとしても絶望よりも希望を抱いて生きていきたいと思う。
| 江古田 | 00:09 | comments(5) | - |
サンタクロースの噂
夜のサンタクロース
 この季節になると良く見かけるものの一つにサンタクロースの人形がある。それらは様々な大きさや材質のもので作られているが、概ね白い髭を生やし、赤と白の服を着た老人である。それが当たり前の姿だと思っていたのだが、友人から「サンタクロースの服が赤と白なのは、昔、コカコーラの広告にサンタクロースを採用した時からだ」という話を聞かされて、驚愕したのである。子供の頃から見聞きしていたサンタクロースのおじさんのイメージが資本主義の象徴であるコカコーラの広告から生まれたなんて俄には信じがたかったからである。しかし、こういう話はそのインパクトの強さから人から人へ伝播していく。それが、真実かどうかよりもその話が面白いかどうかが人々には重要なのだ。実際に、インターネットでサンタクロースの服のことを検索してみると、コカコーラの広告のサンタクロースの話が書かれている。この情報を見た瞬間に「本当だったんだ」と思ったのだが、どこかで納得のいかない自分がいる。インターネット上に情報は沢山あるけれど、その情報の真偽を確かめる難しさを思った。一見、どうでも良いと思われる情報でも、調べてみて、正しい情報だと確認する方法が持てない自分が情けなかった。インターネットが普及して、以前と比べて格段に便利な世の中になったが、その分、自分の調べる能力が落ちていることに愕然としたのであった。
| 江古田 | 23:59 | comments(0) | - |
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