江古田 | 我が漂流記

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さらば2B

先日、取り壊しになる前の2Bを映像に記録するために久しぶりに江古田へ行った。この街は学生時代に住んでいた30年前と全く変わっていない所もあれば、すっかり変わってしまっている所もある。 学生時代に通った喫茶店のトキはインドカレーの店になっていたけれど、近隣の書店やおしどりのような居酒屋は当時と相変わらず営業していたりする。ちょうど腹が減っていたので、学生時代に通ったランチハウスに行ってみると、マスターと女将さんがキッチンに立っていてほっとした。ボードに手書きで書かれたメニューを見ると、昔と値段が変わっていないのかランチが600円台と安くて嬉しくなる。生姜焼きランチを食べながら30年経っても変わらない場所があるのはなんて素敵なことだろうと思った。 ビルの向かいの自転車屋は定休日でシャッターが降りていた。その前に三脚を立てて、ビデオカメラを設置する。液晶画面を覗くと、あまりに見慣れた風景だが、このビルもまもなく取り壊されて跡形もなくなるのかと思うと、きちんと撮っておかなければと、何カットか長めに撮っておく。すると、約束していた時間が迫ってきたので、三脚を畳んで、そのビルへ向かった。いつものように階段を上っていくと「戻ってきた」という思いがこみ上げてきた。 2FBの表示のある扉の前に来ると、「2FAにいます ノックして下さい ワタナベ」と手書きで書かれた貼紙が一枚貼りつけられていた。 それで、暗室のある2FAの扉を叩いたのだが、反応がないので、貼紙のある扉を叩くと、「入っていいよ」と中から聞き覚えのある声がした。 扉を開けると、スーツ姿の男性と師匠が向き合って座っていた。 そういえば、2Bの引越しの見積もりをしに業者との打ち合わせがあると師匠が言っていたのを思い出した。隣の部屋で三脚を立てて、準備をしていると、打ち合わせが終わったのか、スーツの人は出て行った。渡部師匠からは「邪魔なものがあったら片づけて撮っていいよ」と言われたのだが、いざ撮ろうとするとどう撮ったら良いのかわからない。 結局、ぎっしりと写真集が並んだ本棚から撮ることにした。 渡部さんに「写真集何冊ぐらいあるんですか?」などと聞きながら、 インタビューを始めた。 渡部さんは、これらの写真集を引越しの際に重要なもの以外は、処分すると言った。 「全部持って行ってもしょうがないからね。青空市でもして欲しい人にあげちゃうかな」とあっさりと言う。これだけの数の写真集を20年以上かけて集めたコレクションをそんなに簡単に処分できるなんて信じられなかった。それで、「思い入れはないんですか?」と何度も訊いていたら、「それは誘導尋問だよ!」と言われてしまった。渡部師匠の著書「旅するカメラ」を読んでいて、物への拘りが強いのでは?と思わせる一方で、あっさりと本にも登場していたカメラを人にあげてしまっていたり、売ってしまったりしていることを後から知って驚かせられたのも、また師匠なのである。そんなやり取りをした後、渡部師匠は、写真展で注文のあったプリントをしに隣の暗室へ入って行った。 僕は、ひとりで2Bの中を本棚や部屋に掛かった時計やカメラなど取り留めもなく撮っていった。 途中で暗室から休憩で戻ってきた渡部さんがコーヒーを淹れるのを飽きもせず撮った。渡部さんは何回、こうしてここでコーヒーを淹れたり、お茶を淹れたりしたのだろうと撮りながら思った。そして、渡部さんに暗室も撮らせてもらいたいとお願いした。久しぶりに暗室に入った。すると、薬品の匂いが鼻をついた。しかし、嫌な匂いではなかった。むしろ、懐かしい匂いだった。 渡部さんもプリントを水洗したり、洗濯バサミで乾かしたりしながら、 「ここの方が2Bより暖かいんだよ」と言った。長年 、作業してきた暗室だから、きっと愛着はとても強いに違いない。しかし、もう間もなくこの場所を離れなくてはならないのだ。指定席に座って渡部さんはプリントをするからと言ったので僕は2Bに戻った。 炬燵のあるがらんとした部屋で、僕はただカメラを回した。プリントを終えて暗室から戻ってきた渡部さんにインタビューをしているうちに最後は、バッテリーが残り少なくなって警告画面が出てきた。まだ何も撮れていない気がしたが、キリがないので、これで撮影を終えることにした。渡部さんに挨拶をして階段を降りると、この階段を撮っておこうと思った。撮っていたら、またバッテリー切れの警告画面が出たので、撮り直したかったが諦めた。もうこれが最後なのかと思うと急に切なくなった。
| 江古田 | 22:47 | - | - |
江古田コンパの夜
 
 僕にとって、その店はある意味、江古田のシンボルのようなものだった。大学に入った頃から見慣れたその店は、長い年月を経た今も相変わらず同じ場所にある。その店の名は「江古田コンパ」。学生時代、江古田に住んでいた僕は、この店の前を毎日のように通ったけれど、中には一度も足を踏み入れたことはなかった。酒を飲みに行く金も、友人と一緒に飲みに行く機会もなかったからである。学生時代、酒を飲むのは、自分の住むアパートか友人のアパートで、店で飲むのは、学校の行事かクラブやサークルの飲み会ぐらいのものだった。しかし、大学一年の時、入部したワンゲルを体を壊して退部した僕には、ほとんど飲みに行く機会はなくなってしまったのである。あれから20年以上が経ったが、先日、ついに僕が江古田コンパに入る時が訪れた。
大学時代の先輩が江古田コンパの学生の時からの常連で、講師として母校に通うようになってから、再び立ち寄るようになったと聞いて、先輩に連れて行って欲しいと頼んだのである。
 二階の店へ通じる階段を登ったが、妙に緊張したのを覚えている。中は薄暗く、カウンターには数人の男女のグループがカラオケを楽しんでいるところだった。僕は酒を飲める体ではないので、代わりにジュースを頼んだ。面白かったのは、出てきたお通しだった。どれもボリュームがあって、学生の街、江古田らしいと思ったのであった。 
| 江古田 | 21:52 | comments(2) | - |
さらば江古田。さらば2B。
江古田の部屋
江古田に借りていた部屋を引き払う日が来た。入居してから丸2年、様々なことがあった。
部屋の窓
カメラと写真のワークショップ2Bに通い始めたのが3年前、その一年後、僕はこの部屋を借りた。ちょうど、モンゴル展に参加した直後のことだった。2Bのある同じビルの4階にあるこの部屋で、僕は写真についてたっぷり考える時間を過ごすことができた。わからないことがあれば、2Bに行き、渡部さとる師匠に直接質問をぶつけた。渡部師匠は、いつでも、嫌な顔ひとつ見せず、お茶を振る舞って質問に答えてくれた。そのおかげで、一年後には、個展を開くことができた。痛風に苦しんだ日々も今は良い思い出である。
窓からの眺め
今年になって、仕事や結婚のことで忙しく、ここにいる時間も少なくなっていた。自ずと写真について考え、写真を撮る時間も減っていった。賃貸契約の更新を前にして、僕は、この部屋を引き払うことにした。
部屋に座る僕
僕は、ここで生活し、写真について学んだ日々を忘れない。さらば、江古田。さらば、2B。そして、渡部さとる師匠、本当にありがとうございました。

| 江古田 | 23:59 | comments(4) | - |
ハロウィーンの南瓜
南瓜
 江古田の2Bに顔を出すと、テーブルの上に南瓜があった。物撮り講習にでも使ったのかなと思ったら、ハロウィーンの飾りのための南瓜だという。
製作過程
それなら、早速、飾りを作ろうということになり、居合わせたメンバーがせっせと中身をくり抜き始めた。
南瓜2S
そして、ついにハロウィーンの飾りは完成。しかし、右側の南瓜の顔はどこがで見た顔である。
師匠南瓜
よく見てみると…
師匠と南瓜
渡部さとる師匠に瓜二つなのであった。
| 江古田 | 23:49 | comments(0) | - |
昭和の家
古い家
| 江古田 | 23:59 | - | - |
ふさふさしてる
蔦の家
 
| 江古田 | 23:59 | - | - |
壁の顔
壁の顔
 寒風吹きすさぶ中を、江古田周辺を歩行していた時に発見した顔の壁画である。ただの落書きだとは思うのだが、僕には釈迦の涅槃図のようにも見えた。僕は、手を合わせる代わりにシャッターを押したのであった。
| 江古田 | 23:59 | comments(0) | - |
プアハウスでカレーを食う
旅するカメラ三部作
 久しぶりに竹下太郎君と江古田で晩飯でも食おうということになり、考えた末に、渡部師匠ゆかりの店、プアハウスに行くことにした。店に入ると珍しくカウンターが空いていたので、太郎君とともにカウンターに陣取る。何気なく前を見ると、目の前の棚に、渡部さとる師匠の「旅するカメラ」三部作が並んでいた。流石師匠である。何気なくこの本を手に取った客はたちまち師匠のファンになり、知らぬ間に中古カメラウィルスに感染してしまう。このウィルスに感染した客には治療が必要であるから、ワークショップ2Bに駆け込んで来るという仕掛けではないかと想像を逞しくした。
激辛カレー
 この店に来て、僕がいつも注文するのは名物の「粗食」であるが、今回は、カレーを注文することにした。太郎君は以前、ここのカレーを食べたところ、辛くて大変だったと言っていたが、結局、同じカレーを注文した。いざ、食べてみると、確かに辛い。水を何杯も飲みながら食べ終えたが、これが、なかなか美味かった。太郎君とは、就職など将来のことについて話した。太郎君とは20歳近く歳が離れているが、悩みはいつの時代も変わらないものだと思った。二十歳そこそこで将来進むべき道を決めるのは難しいが、目先の条件よりも、将来どんな仕事に携わりたいのか考えて決めて欲しいものである。どんな仕事も一人前になるには経験が必要だからである。太郎君は将来に不安を抱いているようであったが、一方で、僕はそんな太郎君が羨ましいと思うのであった。
| 江古田 | 23:20 | comments(0) | - |
新春の2B
Cl+GR21mmf3.5
 新春の2Bへ行く。渡部さとる師匠は僕の顔を見るなり「お母さん大丈夫か?」と聞いてきた。僕は母が肺炎で入院している概要を話した。師匠のお母さんは大病をした後で米沢でひとり暮らしだし、義理のお母さんも病に臥せているそうで他人事ではないと心配してくれたのである。父のメールによると母の熱は下がり、元気な様子であるものの、脈が速いそうだ。母は二年前に心筋梗塞で心臓の弁が壊れ、人工弁に交換する手術をしている。脈が速いというのは手術をしたことと関係があるのかも知れない。いずれにしても母には病院で治療をしてもらい様子を見る他はない。
 久しぶりに飲む師匠の淹れてくれたお茶は旨かった。師匠は年末に会った時もそうだったが、何か肩の力が抜けたようでとても健康そうに見えた。渡部師匠に今年はどこか遠くへ行く予定はあるのですか?と聞くと、「行かないよ。今年は大人しくしているつもりなんだ」と言った。それでも、やはり、いくつか既に行きたい場所は考えているようだ。また、今年も渡部師匠の「旅するカメラ」の続きがありそうな予感がしたのであった。
| 江古田 | 23:44 | comments(0) | - |
賀正
干支1
 ほんの少し前まで何も描かれていなかった材木に何かが描かれているのを発見。今年もいよいよ正月がやってきたなと実感した。
干支2
江古田の正月の風物詩になっている材木屋の干支の絵である。大きいから壁画のようだが、白い木の束に描かれているので離れて見ると絵馬のようでもある。
干支3
今年の干支はねずみか…一体、どういう年になるのだろうか?僕は期待と不安を抱きながら、先ずは、僕を支えてくれている周りの人々が幸せで健康に過ごせることを祈らずにはいられない。もちろん、世界平和とか大きな事件や事故が起きませんようにという願いもあるが、これまでの経験から、その願いはあっという間に砕かれてしまう。必ず世界のどこかで戦争があり、互いを憎み合って殺し合いが続いている。だから、せめて自分の周りから小さな幸せが生まれれば、やがて周りの人々に伝わって幸せが広がっていけば良いと願う。幸せそうな人と接すると不思議と自分も幸せな気持ちになってくるものだ。たとえ良くない状況に追い込まれたとしても絶望よりも希望を抱いて生きていきたいと思う。
| 江古田 | 00:09 | comments(5) | - |
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