写真家の白岡順さんが亡くなった | 我が漂流記

CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
<< 嫌われる勇気 | main | 「サウルの息子」でホロコーストの恐怖を疑似体験する >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
写真家の白岡順さんが亡くなった
JUGEMテーマ:写真
白岡さんの顔
写真家の白岡順さんが亡くなった。
肝臓ガンだったそうだ。
去年、友人の写真展のパーティーでお会いしたのが最後になってしまった。
体調が思わしくないとは聞いていたけれど、去年の10月に市ヶ谷にある貸暗室のカロタイプを離れて、引退したと聞いていたので、余りにも突然で驚いた。しかし、今思えば、最後にお会いした時も、「もう先がない」と仰っていたので、ご本人は自らの死を予見していたのかも知れない。
何も知らない僕は、これから白岡さんが新しく建てた家でゆったりと余生を過ごされるものだとばかり思っていたのである。
 それ以前に白岡さんにお会いしたのは、約2年前、市ヶ谷のカロタイプでだった。雑居ビルの一室に白岡さんが設計した使いやすい暗室とワークショップのスペースに僕は久しぶりに顔を出した。当時、失業中だった僕は住んでいた渋谷区から市ヶ谷まで歩いて行った。白岡さんは久しぶりに顔を出した僕を笑顔で迎えてくれた。話題は写真のことよりも健康面の話をしたことを憶えている。
その頃、痛風の発作に頻繁に襲われて、好きだったビールを一切飲むのをやめたと仰っていた。僕は、痛風の発作を何度も経験したので、「あの痛みはなった人にしかわかりませんよね」などと話したのだった。今、思えば、その頃、すでに肝臓ガンは進行していて、その影響が痛風の発作に現れていたのかも知れない。
 更にその数年前、僕はカロタイプの門を叩き、短期間だったが、白岡さんのワークショップを受けたことがある。友人が暗室の初級、中級コースを受講していて、とても面白いと言うので見学に行ったところ、白岡さんの教える真剣な姿を見て、思わず次回のワークショップに参加する旨をその場で伝えたのだった。
 ワークショップで習った内容はほとんど忘れてしまったが、白岡さんの写真に対する情熱は誰よりも強かったことを憶えている。例えば、暗室でフィルターや露光時間を変えて、自分で選んだフィルムのコマを何度もプリントするのだが、そのプリントを見せる度に白岡さんは「これで良いんですか?」と言うのである。僕は「もう少し焼いてみます」と言って暗室に戻り、同じコマをプリントをして持っていくと、また白岡さんが見てくれるのだが、一度も良い加減に見るということがなかった
写真を見た白岡さんが「これで良いんですか?」と聞くと「もう少し焼いてみます」と僕は答えて暗室に戻ってプリントをするのをしばらく繰り返した。
 そうこうしているうちに、ワークショップの終了予定時間はとっくに過ぎてしまい、そろそろ終電も終わる時間になっていた。
僕は暗室で集中してプリントしたせいで、高揚感と疲労感が一緒に押し寄せてきて、まだまだプリントしたい半面、体力的にしんどくなっていた。
今夜はこれが最後と思って、白岡さんにプリントを見せると、いろいろとアドバイスをしてくれた後で、最後に「これで良いんですか?」と言ったのである。僕は思わず、「これで良いいと思います」と言って帰ったのだが、あの調子で毎回、終電近くまで、受講生に付き合って写真を見ていた白岡さんの情熱は一体、どこから出てくるのだろうか?と不思議に思ったものである。そんな白岡さんの教えるワークショップに通った教え子の中からはここ数年で何人も作家として活動する写真家が巣立っていった。
僕は、写真の技術を教えることは出来ても、作家として誰かを育てることは難しいと思っている。
もし、白岡さんの教え子の中から、写真家が多く出ている理由を挙げるとすれば、きっと、あの写真への情熱が白岡さんから直接、伝わったからではないだろうか。
白岡さんが亡くなった今、僕の人生に対して「これで良いんですか?」と白岡さんに言われている気がしてならないのである。
カメラを構える白岡さん
 
| 人生 | 13:50 | - | - |
スポンサーサイト
| - | 13:50 | - | - |