長谷川冬樹写真展「ε0(イプシロンゼロ)」 | 我が漂流記

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長谷川冬樹写真展「ε0(イプシロンゼロ)」
JUGEMテーマ:写真


銀座ニコンサロンで開催中の長谷川冬樹写真展「ε 0(イプシロンゼロ)」を観に行った。
写真はモノクロの街のスナップである。作品の中に写り込みを活かした造形が幾つかあって、観ていて思わず頬が緩んだ。
作者の長谷川さんとは写真家の渡部さとるさんのワークショップを通じて数年前に知り合ったのだが、その頃はカメラやレンズの話をした記憶しか残っていない。しかし、その後、写真家の白岡順さんが主宰していた講評講座を見学しに行った際、長谷川さんの発表の番になると、参加していた人たちが、彼の写真に対して忌憚のない意見を次々に述べるのを目の当たりにして、僕は、すっかり自信をなくしてしまい、受講するのを諦めてしまったのだった。その時、白岡さんが「それでも、この写真はいいと思うよ」とフォローされていたのが印象に残っている。そんな時でも、長谷川さんは穏やかな笑顔を浮かべながら、参加者の批評を全て受け止め、プレゼンを続けていたのである。
あれから数年が過ぎたが、長谷川さんは、その間、写真を撮り続け、ニコンサロンにずっと作品を応募し続けていたそうだ。
眼の前に展示されている写真は僕があの時観た写真とは全く印象が異なっていた。
長谷川さんによると、今から1年前、白岡さんに写真を見せた時、白岡さんは「どうして、この写真が通らないのかね」と言っていたそうである。
長谷川さんは、大手電機メーカーで半導体の開発に携わったエンジニアだったそうである。しかし、40台後半に差し掛かった頃、そのキャリアを捨てて写真家として第二の人生を歩み始めた。欧米ではそういう人がいるとは聞いたことがあるけれど、なかなか勇気のいることだったのではないだろうか。
一緒に展示を観ていた友人が、突然、「え?これデジタルなの?!」と声を上げた。すっかり、銀塩プリントだと思って見ていたらしい。長谷川さんに使用した機材がソニーのデジタルカメラのα7にM型ライカ用のズミクロン50mmF2やエルマリート28mmF2.8の組み合わせで撮ったデータをハンネミューレのバライタ紙にプリントしたと聞いて驚いていた。(機材の件で後で確認したところ、一部、ニコンのD800で撮影した写真もあるそうだ。)確かに知らなければ、銀塩プリントだと思ったかもしれない。
長谷川さんに先日、亡くなった白岡さんはこの写真を観たのですか?と聞いたら、何割か見てもらった作品は入っているけれど、見せられなかった写真もかなりあるとのことだった。
ただ、去年の暮れ、長谷川さんが市ヶ谷のカロタイプに荷物の整理に行った際、久しぶりに会った白岡さんは、長谷川さんの銀座ニコンサロンでの展示が決まったことを大変喜んでくれたそうだ。
その話を聞いた僕は、何よりも写真のことが好きな白岡さんのことだから、会期中、きっと、この場にやって来て、長谷川さんの写真を満足そうに観ているに違いないと思ったのであった。

長谷川冬樹写真展「ε0(イプシロンゼロ)」

 
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