地雷の恐怖 | 我が漂流記

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地雷の恐怖
シュムリアップのホテルからの光景
今日はカンボジアの旅の最終日。ホテルの部屋の外は朝から陽射しが強く肌に当たると痛いようだ。窓の下に広がる景色を見ていると南国にいることを実感する。しかし、カンボジアと言えば、まだ、そこらに地雷が埋まっているというイメージがある。人の往来がないところに気軽に足を踏み入れて「地雷を踏んだらサヨウナラ」というわけにもいかないなとのんびりした景色とは裏腹に地雷への恐怖が頭をよぎった。
 朝食を摂ってロビーで待っていると、ガイドさんが迎えに来る。
昨日とは別の人だったが、僕がレストランに忘れていったブローニーフィルム一本を持ってきてくれていた。まだ撮影していないフィルムだった。
 車に乗って出発するとガイドさんは、まず、車で一時間ほどの所にあるバンテアイ・スレイという遺跡に行くという。バンテアイ・スレイとは、「女の砦」という意味だそうで、何かアマゾネスめいた響きに期待が高まる。さらに、そこには「東洋のモナリザ」と呼ばれる彫像があるという。これは、見逃せない。
女の砦東洋のモナリザ?

到着して車を降りると、小さな遺跡があった。すでに観光客でいっぱいである。遺跡は小さいが、その分、彫刻が細かく彫られていた。なぜか、日本の日光東照宮を思い出した。
 「あれが東洋のモナリザでしたよ」となぜか過去形で話すガイドさんの言う方を見たが建造物の一部に掘られた彫刻は遺跡の周囲にロープが張られているため、遠巻きにしか見ることができず、ズームレンズの着いたニコンF100を持ってくれば良かったと思った。
何でも、この「東洋のモナリザ」は、昔、作家のアンドレ・マルローが持ち出そうとして捕まったことがあったとかで、伝説的なエピソードになっているらしい。内戦時代には、この遺跡の周囲にも沢山の地雷が埋められたとか…考えただけで恐ろしい。人のいないところをあまり歩き回らないことだな。僕が地雷について気になりだしたのは、カンボジアへ来てからだ。昨日、行った遺跡にも、義足の男が壁画のある狭い通路の角にうずくまるように座っていたからだ。しかも一人ではない。角を通り抜けると次の角にも別の男が座っていた。何かうめくように言っている。どうやら、金を恵んでくれと言っているようだった。子供の頃、独特の格好をした義足の傷痍軍人さんを駅前などで見かけたが、いずれも老人だった。しかし、こちらの人は若いのがまたリアルなのであった。「女の砦」を後にして、一路、カンボジア最大の湖、トンレサップ湖へ向かった。
| 戦争 | 21:41 | comments(1) | trackbacks(0) |
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コメント
地雷について詳しく知ることができた。
カンボジアは、地雷ばっかり埋まってて、「すごくかわいそうだな。早く助けてあげたいな」
と、思いました。

            by amnos
| sm | 2010/12/02 3:20 PM |
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