2006.12.01 Friday
存在と時間

横木さんの写真集を持って一度帰宅した僕は、少し休んでからお茶の水へ向かった。ギャラリーバウハウスでキュレーターのタカザワケンジさんと写真展「存在と時間」を開催中の春日広隆さんのトークショーに行くためだ。春日さんは、4×5や8×10といった大判カメラで風景写真を撮っていると聞いて最近気になっていた写真家だった。会場に入ると、モノクロの作品の美しさに目を奪われた。荒涼としているはずの砂漠や岩がまるで美術品のような美しさで目に飛び込んで来る。自然の造形は時としてこのような美しさを見せるのかと思う一方でこれらがどれもデジタルで出力されたとは俄に信じられなかった。地下へ続く階段を下りて行くと、春日さんと思しき方がお客さんと作品を観ながら話をしていた。僕は芳名帳に名前を書いてひとつひとつ作品を観ていく。大きく伸ばされた美しいプリントが所狭しと並んでいて、思わず溜息が出てしまった。特に、巨大な崖を写した作品の前に来るとその美しさと存在感に僕は動けなくなってしまった。
感心して見入っていると、春日さんが話しかけてくれた。僕は、その作品の素晴らしさを口にして、最近、8×10を注文してこれから大判撮影を始めるのだと言うと、この作品は4×5で撮影したものでレンズは300ミリ。日没時に太陽が完全に沈みきってから30分ほどの間に撮影したものだと言った。その時間帯は、光の残照が被写体にまんべんなく当たり、ディティールが出やすい特別な時間なのだという。そうして撮った写真を業務用のスキャナーで読みとり、そのデータを基にデジタルでプリントしたのだと教えてくれた。僕が、デジタルでプリントする意義について尋ねると、銀塩でプリントした場合に黒く潰れてしまうところがデジタルだと細かいところまで出せるというのだ。それなら、最初からデジタルで撮影した方が良いのではないかという疑問が僕の頭を過ぎった。その時、春日さんが、「この中にデジタルで撮影したものもありますよ」と言ったので、意表をつかれた僕は思わず「どれですか?」と尋ねた。春日さんは、「どれだと思います?」と聞いてきた。僕は全く検討がつかなかった。見れば見るほどわからなくなってしまった。「わかりません」と春日さんに言うと、六切ぐらいの作品を示して「これです」と教えてくれた。四つ切りぐらいまでであれば、デジタルでもかなりきれいなプリントが作れるのだという。但し、それ以上大きくすると、モアレを防止するための機構が働いてしまうので、プリントにあるべき情報がなくなってしまい、はっきりしない画像になってしまうのだそうだ。僕は、話を聞いていてあらためて春日さんの美しいプリントを作るためのこだわりを感じた。僕は、一階の受付近くに置いてあった写真集「存在と時間」を買った。ギャラリーの女性が地下に降りていき、トークショーの会場の準備を始めた頃、タカザワケンジさんが現れた。「今日も楽しみにしていますよ」と声をかけると、忙しそうに控え室のある地下へと降りていった。トークショーの始まる30分前になると、続々と客がやってきた。2Bの仲間の姿もあるが、圧倒的に中高年の方が多い。おそらく大判カメラを使っている方たちであろう。やはりデジタル出力に興味を持って参加している方が多いようだった。2時間のトークショーはとても充実した内容であっという間に時間が経ってしまった。トークショーの後で個人的にデジタル出力したプリンターの用紙やインクについて尋ねると、いずれも外国製であった。聞き慣れない名前のものだったが、春日さんは、後はメールで質問してくださいと名刺をくれたので、あらためて問い合わせることにした。僕は、帰りの電車の中で8×10のカメラができあがるのを待ち遠しく思うのだった。
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